金メダルを期待された有力選手が次々と敗退する中で、日本初の金メダルを獲得したのは闘争本能をむき出しにする「野生児」だった。女子柔道57キロ級の松本薫選手(24)は決勝戦で勝利が決まると、柔道着の袖でうれし涙を拭きながら監督のもとへ駆け寄り笑顔を見せた。畳の上の野生動物のような鋭い眼と戦い終わった後のにこやかな表情の大きさ落差が、何ともいえない魅力だ。
鋭い眼光に歯むき出し「私は闘争本能が出過ぎるので…」
松本は「野獣」「オオカミ」ともいわれる。鋭い眼光、時折、歯をむき出しにする。出番を待つ間もその表情は変わらない。何かブツブツ言っているのも不気味だ。後で本人に聞くと「私は闘争本能が出過ぎるので、落ち着け、落ち着けと言い聞かせていました」。相手側をひるませるに十分な雰囲気だ。
ロンドンで五輪見物の小倉智昭に代わって司会を務めるアナウンサーの笠井信輔が、ゲストのソウル五輪銅メダリスト山口香に聞く。「それだけの闘争心をもっている柔道家はそんなに多くはないんですかねえ」
山口「あれほどみんなにわかるように顔に出す人は、女性では少ないです」
試合が始まると、相手に突っかかるように攻めて攻めて攻めまくる。決勝戦は反則勝ちとなったが、山口は「相手を休ませないで攻めたので、相手は追いつめられてダメと分かっていても反射的に(反則技となる)足が出てしまった」と解説する。
金沢市の出身で6歳から柔道を始めた。近所の人によると、松本の家は柔道一家。「5人きょうだいの下から2番目。学校が終わったら即、道場に通っていました」。恩師は「弱音なんか聞いたことがない。顔にも出ない」と話す。大学の後輩も「恐かったです。近寄り難い先輩でした」
栄養考えて自分でも料理。「でも、いま食べたいのは大きなパフェ」
だが、ふだんの表情は違うらしい。「不思議ちゃん」というニックネームもある。選手村で誰に会いたいかと聞かれ、選手村にいるはずもない「ゴルフの石川遼」と答えた。「妖精を見た」と話し、周りをびっくりさせたこともある。栄養のことを考え、料理にも取り組んでいる。今回の金メダルが日本勢の一番乗りといわれ、「うれしいです。一番というのは好きです」とてらいなく語る。甘いものが好きで、いま一番したいことは「大きなパフェが食べること」と笑いながら話す。
国際ジャーナリストの竹田圭吾が「(金メダルが期待された女子柔道)48キロ級の福見友子選手(27)、52キロ級の中村美里選手(23)が残念な結果になったが、重くなった空気を吹き飛ばすのは、こういうマイペース的な松本選手だったのかもしれない」と語ったが、たしかに松本にはプレッシャーをはねのける野性味があった。