観客に想像力働かさせて引き込んでいく演出の巧み
過剰な演出はいっさいなし。それがこのミュージカル最大の武器でもある。ドラマティックな舞台に食傷気味な観客に見せたかったのは、登場人物と役者の心のひだだ。舞台のセットチェンジはなく、ひたすら1つのセットで全てのシーンを表現してくのがすごい。そのうえ驚いたのは説明台詞がないということ。場面が変わらないので、どうしても台詞で説明してしまいがちなのだが、それもナシ。机やいすの小道具は出てくるものの、演技が始まるとそこが銀行や路上、レコーディングスタジオや居間の設定になるのだ。
翻って、我が日本のテレビはどうか! 映像を見ればわかるのに説明する過剰なナレーションに、画面を覆い尽くして煽る大きなテロップ。テレビと舞台は全く別物だけれど、いかに視覚表現に飼いならされていたか再確認してしまう。
この観客に想像力を働かせて物語に引き込ませていく最大のポイントは、やはりなんといっても俳優の演技力。ちなみにこのミュージカル版「ONCE」はオーケストラはなく、俳優陣がすべて楽器を操り劇伴を演奏している。ギターにバイオリン、チェロ、マンドリン、ドラム、ピアノを演奏しながら芝居をするのには、舌を巻いてしまった。小道具を移動させるのも全て俳優陣。足にちいさな車輪をつけたピアノを演奏しながら、舞台袖にはけていくなど、あらゆるシーンで会場からは拍手が起こっていた。最後はしっとりと俳優が歌いあげて終わる。シンプルながらも俳優陣の技量と制作サイドのアイディア勝ちの作品。新しい舞台のありかたを提示したことでも、トニー賞最多受賞に輝いた理由かもしれない。今回の滞在で、やはり一番の出来と感じた舞台だった。
モジョっこ