7月1日(2012年)、世界の標準時に「うるう秒」が挿入され、地球の自転と原子時計とのずれが修正された。日本では「午前8時59分60秒」という表示が出た。この1秒が、現代社会では重みを増しているという。
昨年3月11日の東日本大震災で、走行中だった27本の東北新幹線は、地震波が到達する前に全車止まっていた。50キロ離れた地震計が初期微動を感知すると同時に送電が止まる。だが、直下型だと時間が短い。時速270キロの新幹線は停車するまでに90秒かかる。1秒でも早く止めたい。
直下型の初期微動は弱く短く、工事現場の震動と区別がつきにくい。JR東海は直下型のデータを分析して地震波の特徴を探り当てた。新型の地震計によるテストで、従来より3秒早く警報を出すことができた。年間1500億円で7年かけて3秒だ。「1秒でも早く」の闘いはまだ続く。
誤差100万年に1秒「セシウム原子時計」使ってタイムスタンプ
スポーツもいま1000分の1秒の世界だ。2000年に卓球である変化があった。往年の名選手、故荻村伊智朗氏は引退後、国際卓球連盟の会長を務めたが、「ネクラでダサイ」という卓球のイメージが気になっていた。1992年のバルセロナ五輪でラリーの回数と観客の歓声を調査したところ、7回続くと最高に沸くことがわかった。平均は4回だった。荻村氏はなんとか7回にならないかと、奇抜なアイデアを出した。球速を1000分の数秒遅くするというのだ。
流体力学の辻裕・阪大名誉教授が球の大きさ、重さを変えて試行錯誤を繰り返した、直径を2ミリ大きくすると球速が1000分の4秒遅くなった。これが国際規格になり、卓球はスピード感を保ったままラリーの数が増え、今の卓球人気につながったという。
現在の標準器「セシウム原子時計」は誤差100万年に1秒という。これを活用したサービスが国の後押しで進められている。「タイムスタンプ」だ。企業が作る設計などの重要文書の作成時刻を1000分の1秒まで証明する。
導入のきっかけは、知的財産権をめぐる競争の激化だ。デジタル、医療技術の進歩は競合する発明・特許の出願が重なる。しかし、開発中の全ての技術を出願すると手間とコストが膨大になる。そこで出願しないで「タイムスタンプ」を活用する。
特許庁のガイドラインで、仮に他社が特許を取得しても、それより前に開発していることが証明されれば「先使用権」が認められ、特許料の支払いを免除される。いつ文書を作ったかを1000分の1秒で争うわけだ。
ネット証券「1秒保証」売買に時間かかったら手数料無料
1秒の重みの変化が極まっているのが証券取引の現場だ。一瞬でも早くいい銘柄を見つけて動くことが利益につながる。その早さが1000分の1 秒というからまさに極限に近い。
あるネット証券では「1秒保証」というサービスを始めた。注文を受けてから実際の売買までに1秒を超えたら、手数料は無料になる。取次処理速度は1秒以下が当たり前。個人投資家が求めているというのだ。
これが大手金融機関になると、為替、資源情報、政治情勢などをコンピューターが1000分の1秒単位で判断して、「適切な銘柄、株数、価格」を発注するという。現にコンピューターの画面には、100万分の1秒の単位で時間が刻まれていた。
東京証券取引所が2010年1月に導入したシステムは、1秒で最大数万件の取り引きを可能にした。野村総研の研究員も「どこまでいくのか。またそれがどんな意味があるのかもわからない」という。怖い話だ。
知恵と工夫で豊かさと便利を追求してきて、たどり着いたのがコンピューター支配の世界か。だれかが入力を間違えて暴走し始めたらどうなるのか。最後の手段、電源を切ろうとしたらコンピューターが抵抗したりして…。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2012年7月5日放送「変わる『1秒の重み』」)