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「東電OL殺人事件」有罪言い渡した「札付き裁判官」のレイシズム

   さて、1997年に起きた「東電OL殺人事件」でネパール人ゴビンダが逮捕された。一審で無罪になったが、二審で逆転有罪になり、2003年に無期懲役が確定してしまった。だが、これを「冤罪」だとして取材を続けてきたノンフィクション・ライター佐野眞一が、東京高裁が再審を決定したのを受けて、怒りの手記を「週刊朝日」に寄せた。佐野は、再審決定が出た背景には最新のDNA鑑定もあるが、足利事件の菅谷利和の無罪、大阪地検特捜部などの信じられない不祥事の連続が「逆バネ」になって、再審への扉が開かれたと書いている。

   佐野はゴビンダが犯人ではないと確信を持つようになった理由をあげている。ゴビンダが働いていた千葉幕張のインド料理店から渋谷まで、同じJRにストップウオッチを持って乗り込んでみたところ、警察が発表した殺害時刻には殺害現場には着けないことがわかった。ゴビンダの故郷のネパールへ行き、彼と同じ渋谷円山町のアパートで暮らしていた同室者に話を聞いたところ、1人はゴビンダのアリバイを証言し、1人は警察によって殴る蹴るの暴行を受けた後、就職の斡旋を受けてゴビンダを犯人に導く証言したことを告白した。

   「一審無罪だったゴビンダは、憲法違反の疑いが濃厚な再拘留決定を受けた上、控訴審の東京高裁で逆転有罪無期懲役の不当判決を言い渡された。そのとき、ゴビンダが日本語で『神様、やってない』『神様、助けてください』と訴えた悲痛な叫び声は、いまでも私の耳にこびりついて離れない」(佐野)

   この判決を言い渡した高木俊夫裁判長は、狭山事件の第二次再審請求を棄却し、足利事件の控訴審を棄却した「札付き裁判官」であること、ゴビンダが欧米や韓国、中国の人間ではなく、ネパールという最貧国からの出稼ぎ労働者であったことから、その背景にはレイシズム(民族差別感)があると書いている。

   再審開始の決め手になったのは、昨年(2011年)7月、殺害現場から発見された陰毛と被害者の体内に残されていた精液が、最新のDNA鑑定によって、ゴビンダ以外の第三者のDNAと判明したことである。

「東京高裁がここまで踏み込んだ決定を下した背景に、完全に信頼感を失った司法に対する強い危機感があることを感じた。これは希望を失った司法の世界に大きな風穴を開ける画期的な決定だったと率直に評価したい」(佐野)

   横浜刑務所から釈放されたゴビンダ元被告に対して、東京入国管理局横浜支局は強制退去の命令を出した。これによって臨時旅券などの発行手続きが進み、ゴビンダ元被告は家族と共に15日に母国ネパールへ向けて出国できることになった。

   新聞、テレビも東京電力の力に怯えたのか、この事件についてはほとんど報じてこなかった。しかも、事件当初は「東電OL」だったものを東電側にクレームをつけられて「電力会社OL」といい換えてしまった。「東電OL」にこだわり、事件の真相を地を這うような取材で掘り起こし、ゴビンダの無罪を訴え続けた佐野のノンフィクション魂が、再審開始の大きな力になったことは間違いない。ノンフィクションの持つ力を見せてもらった。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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