マニフェストに議員がんじがらめ、国民は期待しすぎ
いままた与野党修正協議で「最低保障年金」などが先送りになりそうな雲行きだ。もうひとつの「国会議員定数の削減」について、野田首相は先月22日(2012年5月)、「税の法案より先に結論を出さないといけない」と言っていたが、おととい(2012年6月10日)は「今週中に幹事長から提案させていただく。結論を出すよう努力する」と変わった。
「マニフェストに書いてあることは死にものぐるいでやる。書いてないことはやらない」と言ったのは野田自身だ。一見もっともに聞こえるが、何が起こるかわからない政治の世界で、「書いてないことはやらない」というのはおかしな言い方だ。国民が納得しさえすれば、マニフェストの修正だってとりやめだって、増税だってできる。問題は納得だろう。
司会のみのもんた「国会議員は公僕とは何かを辞書で調べ直すことですな。利権、利殖に走るような議員は要らない」
慶応大教授の片山善博が「安住さんの発言は政治家の使命を考えるいい教材なんです」という。どういうことか。「議員年金はなくなっても国民年金はある。が、国民年金は給付が少ないからやっていけないと、水準が低いことを政治家自ら認めているわけ。自分たちも国民も一緒によくするのが政治家の役割でしょう。公僕の意味を忘れてる」
昔は政治家の公約なんてだれも信じちゃいなかった。それがマニフェストといういい方になったら、今度は政治家が過度にとらわれちゃった。有権者もその気になった。このていたらくで少しは「冷静に」なれるか。
文
ヤンヤン| 似顔絵 池田マコト