生卵や刺身、生ガキ、馬刺し、日本の食生活に彩りを添えてきた生食文化が大きく揺れ始めている。きっかけは、4人が死亡した昨年(2011年)のユッケ食中毒事件だ。生食の安全を問い直す動きが広がり、国は7月(2012年)から牛のレバ刺しの提供を全面禁止にする。さらに、鳥わさなど生鶏肉にも規制検討の動きが出てきた。
食肉業界や地鶏の生食文化が根付いている鹿児島県などからは反発の声が上がっているのだが、健康や生命に関わるだけにどうしても迫力に欠ける。生食のリスクをなくし、従来通りの多彩な生食文化を維持していく方法はないのか。
頭抱える地鶏の産地・鹿児島県
昨年12月に開かれた薬事・食品衛生審議会の乳肉水産食品部会で牛レバ刺しが取り上げられ、「全面禁止はやむを得ない」という結論になった。調査したところ、173頭の牛のうちわずか2頭だが、肝臓内部から毒性の強い大腸菌O-157が検出されたのだ。O-157は人の腎臓や脳に重い障害を引き起こし、死に至らしめることもある。検出された部位が肝臓の表面でなく内部とあっては、安全に食べるには加熱するしかない。
山本茂貴部会長は「確率からはかなり低いとはいえるが、食中毒が起こった時の重篤性から、先取りでやろうとなった」という。食肉業界代表が5月23日に厚労省を訪れ、「拙速ではないか」と全面禁止の見直しを直訴したが、覆ることはなかった。
審議会は鶏の刺身など牛レバ刺し以外の生食でも、今後の規制検討の候補に挙げた。規制を受けることになれば、影響は計り知れないと頭を抱えるのは、日本有数の地鶏の産地、鹿児島県だ。鶏肉文化が豊かな土地柄で、独自に安全基準を設けて細心の注意を払ってきた。なかでも良質な肉質で人気なのが鶏肉の刺身で、どこのスーパーでも扱っており、県民にとっては日常食になっている。ところが、食の安全意識の広がりから最近は売り上げが落ち、万一を考え消毒剤で洗って出荷する業者もいるという。
生食文化壊す一部の悪しき業者
食文化に詳しいジャーナリストの赤池学氏はこう話す。「清潔な畜舎を保つ生産者がいて、それを仕入れて衛生的に解体加工する流通業者がいる。さらに自らの目や舌で安全性と鮮度を吟味しながら提供する飲食業者。そうした飲食業者を選び生食を食べてきた僕ら生活者がいて支えてきた形式があった。
生食の文化はそうした信頼と評価のネットワークで支えられてきたが、一部の営利主義のあしき業者がこれを無視をしてしまった。問題の根幹はここにある」
食肉業界では「過去10年間に牛レバ刺しで死んだ人間はいない」と言う。だが、現実に牛の肝臓内部からO-157が検出される現状では、信頼と評価のネットワークの成果だけでは説得力に欠ける。食の安全と生食の両立はどうすれば可能なのか。赤池は「危険性の評価を見直して、総合的な施策を考えていくことが重要ではないか。危険性を下げる調査研究、技術開発などを時間をかけて検討すべきだ。同時に厚労省は規制だけでなく、情報公開して正しいものを選べるマーケットを育てていくことが必要です」という。
そうした施策を行っても、成果が上がるまでは牛レバ刺しの全面禁止もやむを得ない仕儀となるのだろう。
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2012年6月6日放送「『牛レバ刺し全面禁止』の波紋」)