<ミュージックポートレイト 特別編「長谷部誠 kickoff special」(NHK4月12日深夜0時30分)>普段は、バックグラウンドの異なるクリエイター2人が、「大切な音楽10曲」をテーマにトークに興じる対談番組だが、春の改編期でこの日は「特別編」となった。サッカー選手・長谷部誠を単独ゲストに迎え、彼の人生の節目とともにあったという音楽を追っていく。なんとも濃厚な30分だった。
祖父が買ってくれた「涙がキラリ☆」プロ入り反対されても応援
著書「心を整える」がベストセラーになり、「国際ニュース月刊誌」では若きトップランナーとして、社会企業家や大学教授と肩を並べている。喋って走れる日本代表キャプテン。しかも精悍な顔つき。長谷部誠はそういう男だ。
番組は長谷部の選んだ曲を時系列に沿って紹介していく。まずは、将来の夢を定めるきっかけになった曲で、キャプテン翼のオープニングテーマ「燃えてヒーロー」である。次に、良き理解者だった祖父が買ってくれたスピッツの「涙がキラリ☆」で、高校卒業直後のプロ入りという決断に親も教師も反対したが、祖父だけは応援してくれた。でも、祖父は長谷部がブレイクする1年前に他界した。そんなエピソードがあるから、初ゴールの映像ととに流れる「涙がキラリ☆」が心憎い。「この世にいるとか、いないとかは関係ない。おじいちゃんに捧げるゴールでした」というコメントに目頭が熱くなる。
続いて、浦和レッズからドイツへ移籍する際、ファンに捧げたかったという言葉と一緒に紹介されたのはMr.childrenの「星になれたら」。リーグ優勝を最終節で逃した直後にチームを離れる自分を、歌詞に重ね合わせた。
「いつか見た夢が捨てきれない」「こっそり出ていくよ、だけど負け犬じゃない」
キャプテン翼に憧れたころからの夢を追いかけたかった。だが、その姿がチームを捨てるように見えることも自覚していた。歌詞はこう続く。
「そのうちきっと大きな声で笑える日が来るから」
心の中でファンにそう語りかけたのは23歳のときだった。
『その日』が来たのは2010年だった。キャプテンの重圧に耐えながら勝ち取ったW杯ベスト16。大会中に心の支えになったのは、Mr.childrenの「終わりなき旅」だった。逃げたら楽になるが、それでは駄目だ。自分を奮い立たせる歌詞は、何度でも「チャレンジのときに(心に)入ってくる」のだという。
ラストは中島みゆきの「糸」。東日本大震災直後、「縦の糸はあなた、横の糸は私」という歌詞に考えるところがあった。自分はサッカーをすることしかできない。だから、被災地に飛び、サッカー教室を開いた。全く異なる縦の糸と横の糸がしっかりかんで1枚の布になる。温かさとは、絆とは、そういうものなのではないかと感じたという。
車の中ではいつも一人カラオケ
インテリジェンスがにじむコメントがぽんぽん出る。いちいち格好いい。「向上心を失ったら終わり」「安定を求めたら精神的な死だと思う」。言葉だけ聞いていると、完璧すぎて嫌味なくらいだ。でも、全くそんな印象がないのは、良い意味で長谷部の「普通さ」をカメラが映しているからだろう。
祖父が買ってくれたCDはレンタルCDの中古だったことまで律儀に説明したり、車の中ではいつも一人カラオケ状態だと語ったり、どの歌詞が自分に響くのかを説明するためにワンコーラスを口ずさんで見せた直後に、「歌っちゃったよ」と照れたり。意外なほどありふれた「28歳」の素顔にほっと安心する。
人生を語る歌がある。簡潔だが、深い共感が得られるコンセプトに魅せられた。対談形式で行われる通常版も観てみたい。(ばんぶぅ)