「まさに、想定外の連続でした」と阿部祐二リポーターは伝える。23日午後3時過ぎ(2012年3月)、救助信号を発信し、鹿児島県・奄美大島沖合で転覆沈没した鹿児島市の喜入町漁協所属のはえ縄漁船「春日丸」は、今も乗組員2名が行方不明だ。
阿部「緊急信号を受け、海上保安庁が出動したのは23日夕方でした。そして、海上を漂流している乗組員を発見したのは午後6時半過ぎ。ヘリコプターの暗視装置で確認されました。」
現場に到着した保安庁の船から保安官3人が乗った救命ボートが救助に向かったが、ボートの定員は5人で、「救助作業を始めたところ、新たに別の2人も漂流していた」(阿部)ため、合計7人、定員オーバーの状態でボートは母船に戻った。
阿部「ワイヤーやロープでボートを船に釣り上げようとしたとき、大波を受けて保安官1人と救助者2名が海に投げ出され、保安官は投げ込まれた浮き輪で助かったものの、残り2名はいまだに行方不明です」
足をかまれていた漁船乗組員
司会の加藤浩次は「緊急事態だったから、定員オーバーなんて言っていられなかったのでしょうね」
阿部は「当時、現場海域にはイタチザメやオオメジロザメなどが出没し、漂流していた乗組員たちは足を噛まれて事態は急を要していたそうです」
コメンテーターの勝谷誠彦(コラムニスト)は「時間との競争だったでしょう。ケガをしているわけだから。定員うんぬんとは言ってはいられない。東日本大震災の時も、車で逃げようとした夫婦が助けを求めてきた人を乗せるために助手席の妻を降ろして、夫とその人は助かったけど妻は津波に飲まれて死んでしまったということがあった。今、一番悔しい思いをしているのは保安官たちでしょう」と話す。それにしても、大しけにもかかわらず漁に出なければならなかった事情がよくわからない。