日本にいま700か所の「聖地」があり、そこを訪ねる聖地巡礼が年間100万人にのぼるという。といっても変な新興宗教ではなくアニメの話。アニメの舞台になった街を聖地と呼び、そのアニメの場面を探索するアニメファンの若者が急増している。
これが風が吹けば桶屋が儲かる式に地方都市に思わぬ経済効果をもたらしている。最近では街の活性化につなげようと制作段階から関与する自治体も出現しているが、アニメファンはそうは甘くはなさそうだ。
きっかけは「たまゆら」の広島・竹原
「本当にアニメの人たちが行って欲しいね ここに」「そう そう」
虚構の中の『現実』探しのために広島県竹原市を訪れた2人の若者がこんな会話を交わしていた。瀬戸内海に面し、安芸の小京都といわれるこの街が『聖地』になったのは昨年10月(2012年)。きっかけは東京、大阪を中心に放送されているテレビアニメ「たまゆら」だ。竹原市に引っ越してきた女子高生が、父親の遺品のカメラで街や友人を撮影しながら平凡な日常の中に幸せを感じるというストーリーだ。放送が始まってから毎週末、若者の巡礼が引きも切らない。若者の一人は「キャラクターがその時どういうことを思ってこの景色を見ていたのか、どういうところで自分も感じられるのか」を知りたくて訪れたという。なかには、アニメの中のシーンを実際の街で誰よりも早く見つけることで達成感を感じ、聖地巡礼の旅に月に1度は出かけるという若者もいる。
アニメファンが創り上げたこの聖地巡礼ブームも、楽屋裏を明かすとゲンナリするかもしれない。アニメ業界にこんな事情があるのだ。ここ10年、深夜放送の大人向けアニメ番組がヒットし、次々と新作が投入された。ところが、一つひとつ丁寧に作っていたのでは手間暇がかかり、コストもばかにならない。そこで、実在の街並みをデジタルカメラに収め、アニメに取り込む手法が広がっていった。
ゼロから作るのと違いコストも抑えられ、かつリアルという利点もある。それが思わぬところでシナジー効果が現われた。人材集めに苦労していた地方のアニメ製作会社がこの手法に飛びつき、独自のヒット作品が生まれるようになったのだ。富山県南砺市のアニメ会社が制作したテレビアニメ「花咲くいろは」では、クライマックスで描かれた架空の祭が放送2週間後に「ぼんぼり祭り」として実現、5000人が集まったという。
「あざとさを感じたらダメ」「自称したら聖地じゃない」
キャスターの国谷裕子もファンなのだろう。「キャラクターが登場する場所にわざわざ旅をして、時間かけて探索する。その楽しみ方が理解できないという人も多いのではないかという気がしないではないんですが…」と話し出した。
芭蕉の奥の細道を辿る俳句好きの話とどこか似ているところがある。コンテンツに詳しい国際大学GLOCOM客員研究員の境真良氏はそれとはちょっと違うという。
「アニメは虚構なんですけど、その虚構が分かったうえで、どのくらい作り込まれているかを楽しむ見方がアニメにはある。アニメの(聖地巡礼)の場合は、現実にあるかないか分からないけど、何となくありそうだという制作者と鑑賞者の推理ゲームみたいな形なっている」
最近は聖地巡礼を積極的に利用して地域の活性化に結び付けようという自治体の動きも出てきた。たとえば、「東京の外国人観光客を横取りする狙い」(制作会社)で、東京と埼玉を結ぶ鉄道沿線を舞台に4話のアニメを制作、4か国語の字幕を付けて今月下旬(2012年3月)から動画サイトで世界に発信する計画がある。
しかし、こうした動きに意外な反応が起きた。アニメファンからインターネットに「あざとさを感じたらもうダメ」「自称したら聖地にならないだろう」などという書き込みが相次いだのだ。境は「もともとコンテンツをファンの方が分析して、自分たちで巡礼のルートを作っていく。ファンのコンテンツですから、ファンがコンテンツを動かす、ファンが市や地域を動かす。これが醍醐味で、自分たちが踊らされていると知れば反発するでしょう」
押しつけや操られることを一番嫌うのがこの世界だ。
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2012年3月7日放送「アニメを旅する若者たち『聖地巡礼』の舞台裏」