シリア情勢がよくわからない。民主化デモに対するアサド政権の弾圧で、犠牲者は6000人を超えたといわれる。しかし、欧米の経済制裁も機能せず、 国連安保理の「弾圧即時停止決議案」もロシア、中国の拒否権で葬られた。
民衆弾圧で犠牲6000人超
シリアの民主化デモは「アラブの春」を受けた昨年3月(2011年)から起きた。アサド大統領は一貫して「テロリスト」と決めつけ、女子どもにまで容赦ない銃撃を浴びせてきた。シリア中部の都市オムスでは、今月だけで500人の死者を出したという。その映像があった。軍・治安部隊の戦車が無差別に住宅地に砲撃している。顔一面包帯の子どもが「どうしてこんなことに。私たちが何をしたの」という。
レバノン北部には6000人の避難民がいた。アイマン・バナさんは昨年11月に逃げてきた。デモに参加して当局からマークされ、留守の自宅へ踏み込んできた治安部隊が3歳の長男を連れ去った。「出頭しなければ息子を殺す」と脅され、3日後に長男の遺体が放置されていた。「指と両耳を切り取られ、胸に3発の銃弾。目も潰されていた。次は私の目をという脅しだった」とアイマンさん。
1月にエジプトに逃れたシリア国防省の元幹部マフムード・ハジハメド氏は、「軍・治安部隊はアラウィ派が実権を握っている。彼らはスンニ派の報復が怖い。だから弾圧をやめられない」という。シリア国民の76%はスンニ派だ。 アサドが属するアラウィ派は人口の13%だが、軍をはじめ政権の中枢を握っている。
兵士の中には「自由シリア軍」を結成、武力で立ち向かう動きもある。そのひとりが覆面で語った。
「上官は無差別に『動くものは撃て』といった。女性だけのデモに発砲して13人を殺した。たまらなかった。その場で上官を射殺して、仲間と軍を離脱した」という。自由シリア軍はいま数万人ともいわれるが、統制もなく武器も不十分だ。対してシリア軍は30万人もいる。
民主化波及恐れる湾岸諸国、軍事介入しない欧米
東京外語大の青山弘之准教授は「多くは地方の兵士だ。地元民への発砲に耐えられない。離脱というより脱走に近い」という。目下は勝負にならない。
国際社会が十分に動けないのは、シリアが地域の秩序の要にあるためだ。シリアは長年イスラエルと対峙するレバノンのシーア派ヒズボラを支援してきた。その後ろにはイランがいる。アサド政権が倒れると、ヒズボラが動きだし紛争が他の地域に拡大する危険がある。イスラエルの元情報機関の長も「シリアに権力の空白が生まれると、国際社会は深刻な事態に直面するだろう」という。ヒズボラを抑えるシリアの役割はそのままにしておきたい。
加えて、宗派間の対立が事態を複雑にしている。アルカイダの指導者ザワヒリが「シリアの同胞を救え」と声明を出した。すでに昨年暮れからシリア国内で爆弾テロが続く。アサドの「敵はテロリスト」が現出したのだ。
湾岸諸国はスンニ派が多数で、シリアのスンニ派住民を支援しているが、アサド政権が倒れれば「アラブの春」は次に湾岸諸国に及ぶだろう。一方、イランにしても、ヒズボラ支援はイスラエルを動きにくくするためだ。そのヒズボラが動き出せば自らも火の粉をかぶることになりかねない。
青山准教授「西欧諸国も、リビアと違って、シリアには軍事介入しないという前提だから、暴力をやめさせる圧力になっていない」
犠牲はいつまで続くのか。他の「アラブの春」でもそうだったように、結局、軍の動向がカギになろう。人口比率は軍でも同じはず。ただリーダーがいるかどうか。つまるところ、国の運命は国民にしか決められない。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2012年2月16月日放送「止まらない弾圧 ~緊迫シリア・広がる危機~」