東日本大震災を機に、「津波てんでんこ」という言葉が広く知れ渡った。津波が来るときは、誰彼なしに一目散にてんでんばらばらに逃げろといった教えである。
その「てんでんこ」を忠実に実践した例とされるのが、釜石小学校の児童たちである。地震発生時、授業はすでに終了しており、全校児童184人は下校していたが、全員が無事だった。多くの児童が後に津波に襲われた地域に居たが、高台や建物の屋上などへ避難したのだった。
もっとも、子どもたちは必ずしも1人1人バラバラに逃げたわけではない。兄弟で避難したり、脚が不自由な友人をおぶって逃げた子もいれば、祖父母と一緒に逃げたり、一度家に戻った子どもいた。
「ハザードマップ信じるな」自分で判断する防災教育
番組が取り上げた児童たちはみな「主体性」と切迫感を持って行動していたように見えた。釜石市の防災教育に携わり、今回の釜石小児童の避難行動を研究した片田敏孝・群馬大学大学院教授は「このくらいの年の子どもは、先生や親の指示を仰いで、命を守ろうとするのが普通」と言う。
しかし、釜石小の3、4年生の児童は、一人で逃げたり、津波の危険を軽く考え、逃げようとしない祖母を、急き立てて避難していたという。
なぜそうした行動を取れたのかといえば、釜石市では防災教育に力を入れていた背景がある。なかにはハザードマップを信じるなという教えまであったという。それはあくまで想定であり、自然の猛威は想定を超えることもありえるからだ。
ところで、「てんでんこ」には、どこか決まりの悪さがないでもない。通常、日本人の美徳とされる「家族の大切さ」を、いざというときにひっくり返す利己的な行動のように思ってしまう人もいるかもしれない。
しかし、片田教授は「家族の絆は被害を大きくするから、それを断ち切れ、という話ではない」と、そうした考えを否定する。てんでんこは、むしろ家族内の信頼関係の証だというのだ。「うちの子は絶対に逃げてると思って、お母さんも逃げられる。そういうことが津波てんでんこの本質ではないか」