宮城の避難所閉鎖―仮設住宅あてがわれひとり冬越す老婆

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「同じ境遇で他人でないような気もして別れるのは寂しい」

   被災地のなかで最も被害の大きかった宮城県石巻市。震災直後は市内に250か所、約5万人が避難していた避難所が11日(2011年10月)、すべて閉鎖された。

   自宅を修復し家に戻れる人、仮設住宅へ移る人、市が用意した公民館の待機所で避難所での生活と同じ暮らしが待っている人などさまざまだ。

近くにスーパーなく周囲は田んぼと畑、裏は山

   津波で家を流されて妹を亡くした80歳の女性は、何度も抽選に外れた仮設住宅にようやく入居が決まり引っ越すことになった。ただ、希望した仮設住宅には入れず、近くにスーパーもなく、周囲は田んぼと畑、裏は山という寂しいところだ。親戚や知人とは離れ離れで、一人暮らしを始めるという。救われたのは、避難所で暮らした仲間が仮設住宅の両サイドに住んでくれることだった。それでも不安が募るこの日、一緒に暮らした仲間たちと涙の別れとなった。

   待機所でこれまでと同じ不便な生活を強いられる高齢の男性は、「仮設住宅を申し込んだが、あまりにも遠い。ここから車で30分から40分も離れている。妻が病院に通うのに遠いところは無理」だという。自宅が一部損壊と認定され、支援が受けられずに待機所で避難生活を強いられる人もいる。

文   モンブラン| 似顔絵 池田マコト
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