「9・11」テロ事件から10年になる。ブッシュ大統領が「敵か味方か」と踏み切った報復の対テロ戦争は、アフガン、イラクと2つの泥沼を経てこの5月(2011年)、テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディン殺害にいたった。7月からはアフガン撤兵も始まった。
しかし、アメリカは今なおテロの脅威におびえ、イスラム教徒への疑念が消えない。この間、金融危機で社会は混乱し、アメリカ自体も弱体化。新興国が台頭した一方で、中東・アジアでのテロの火種は尽きない。
クローズアップ現代は「あの日から世界はどう変わったか」と、長い特集を組んだ。その総括、「この10年は何だったのか」「世界はどこへ向かうのか」を識者の言葉から拾った。
本当の敵と戦ってこなかった
米スタンフォード大教授のフランシス・フクヤマ氏。新保守主義(ネオコン)の論客だったが、いまは批判に転じている。
「この10年は惨憺たるものだった。アメリカは民主主義と自由経済のモデルを作ったつもりだったが、両方とも崩壊してしまった。 もはや単独行動主義の力はない。世界は多極化し、他国との協調以外に道はないのだが、アメリカ人はまだ十分に理解していない」
英・オックスフォード大のイスラム学者タリク・ラマダン氏。「9・11で欧米は全てのイスラム教徒に疑いをもった。しかし、いまアラブの春で彼らはメッセージを送っている。『あなた方と同じように自由、尊厳、正義を追求し、汚職や独裁を追放したいのだ』と。われわれは欧米に対する被害者意識を捨てるべきだ。何もかも欧米のせいにするのは間違い。それに気づいたのがトルコだ。EUへの加盟が進展せず、インド、中国などとの関係を深めたことで大きく成長した」
フランスの経済学者、ジャック・アタリ氏。「この10年、欧米はテロリストとは闘ったが、本当の敵とは闘ってこなかった。貧困、汚職や抑圧、正義の不在などだ。世界は多極化し、未来は混沌としている。経済のグローバル化は国家の力を上回り統制がきかなくなる。地域紛争が起るだろう。アフリカでは水をめぐって、アジアでは中国の周辺の海をめぐって。最悪のシナリオだが、起こりうる未来だ。これを避けるには、世界全体が社会正義を貫き、 持続可能な開発を達成すること。豊かさの共有が、解決の道なのです」
米国もアラブも知った「力で押しつけることの限界」
スタジオの藤原帰一・ 東大大学院教授は、「国家関係は分散・拡散に向かう。オバマ政権には新しい国際協調の仕組みができていない。従って、各国とも内向き志向になる。アメリカはアメリカとアメリカ人の安全と平和を優先するようになる。国際関係はコストが高いから。今回のリビアへの対応でそれがはっきりと出た」と話す。
山内昌之・東大大学院教授は「アメリカもアラブも、自分の価値観を押し付けることの限界を知った。アフガン、イラクの教訓は、力で押し付けることはできないということだ。これは文明論の問題。アラブの諸国にも構造的変化が起っている。アメリカが社会開発だけでなく、人間の開発まで手伝っていけるかどうかだ」という。
「9・11」がいかに衝撃だったとはいえ、その後のかくも長い不毛の展開をだれが予想できたろう。イラク戦争が終わったとき、米兵の戦死者は139人だったが、いま4477人 だ。日本が自衛隊を派遣したのも記憶の彼方。アラブ世界ではテロではなくデモが起るようになった。
しかし、アタリ氏がいうように「本当の敵」はそのまま。とりわけ貧困である。山内教授のいう「人間の開発」となると、気の遠くなるような彼方のものに思えて来る。
ヤンヤン