元サッカー日本代表で、アトランタ五輪ではキャプテンをつとめた前園真聖が8月4日(2011年)のブログで、亡くなった戦友・松田直樹さんを追悼した。前園の思いが詰まった優しく語りかける文章は、ツイッター上でも「泣いた」という声が続出している。
「あの時のメンバーは俺にとっての誇り」
「戦友へ…」と題した記事は「何から言おうか…」という一文から始まる。まず思い出すのは、横浜F・マリノスを退団した松田がなぜ、J1、J2チームからの誘いを断って、下部組織にあたるJFL・松本山雅FCに入団したか。当時、前園が聞くと、彼は「自分のことを1番必要としているチームでプレーしたいです」。「最初に連絡くれたのは松本山雅でしたから」と笑って話していて、「お前らしいと思ったよ」。
ともに出場したアトランタ五輪は「楽しかったな!」と振り返る。年下の松田や中田英寿らがメンバーに名を連ね、頼もしかったという。日本がブラジルに勝つ「マイアミの奇跡」を演じたのが、このメンバーだった。「初めての世界の舞台を一緒に戦った、あの時のメンバーは俺にとっての誇りだ」と思いを馳せた。
ただ、心残りなことが2つある。1つは、松田のプレーする姿を見に行けなかったこと。もう1つは、アトランタ五輪のメンバーが集まって、もう一度サッカーをできなかったこと。でも、もう一度サッカーをする夢は、どうしても叶えたい。「サッカーやる時は呼ぶから必ず来いよ!」「そっちでも、ちゃんとトレーニングしとけよ!」と天に向かって語りかけた。ブログの最後は「マツ、ありがとうな…またいつか一緒にサッカーやろう」と書き残している。