うどん屋、スーパーもまだ営業
人影まばらになったなかで店を開いているうどん屋さん、スーパーがあった。1953年創業という「えびす庵」はまだ日に4~50人の客がある。わざわざ避難先から来る人、井口が聞いた女性は医者に来たのだという。「かかりつけだから、医者がいなくなるまでは来る」という。店主の高橋ちよ子さん(62)は「店開ければ、みんなの拠り所になる。これまでできたのも地元のお陰だから、恩返し」と、村議会が終わる21日までは続けるという。
唯一のスーパー「コープ飯館」も「お客さんもいるし、モノも入ってきてるので」と営業を続けている。赤字覚悟だ。店員の女性も「避難先が決まらない」。
そんななか、一昨日ついに村の一部で積算放射線量が年間被曝限度の20㍉シーベルトを超えた。汚染は確実に進んでいる。井口は「20キロ、30キロ圏内に避難指示などが出た3月12日~15日時点で、飯館の汚染は高いということはわかっていたのに、指示が出なかった。飯館の指定はそれより1か月以上も遅れた。これが大きい」という。
宇治原史規(コメディアン)「避難指示は国が出すのに、避難先を見つけるのは自治体というのはね」
東ちづる(女優)「お母さんと子どもだけが避難という家族バラバラもある」
隣の川俣町も避難者903人 に対し残留349人と、残留割合では飯館より高い。理由は同じようなことだ。
司会の羽鳥慎一「高い汚染の中にずっといたということですね。あまりにも遅い」
井口「ご年配の方が『帰ってこれるかどうかもわからない』といってました」
内閣不信任案だ何だという政治家たち、こうした現実をみろよ。