「イョ、みんなワンピースって漫画知ってっか」
「クローズアップ現代」らしくなく、こんな出だしで始まった。テーマは週刊少年ジャンプに連載されている「漫画『ワンピース』メガヒットの秘密」
14年前の連載開始から昨年11月末(2010年)までの累計発行部数が2億部を突破し、国内最高記録を更新し続けている。しかも、読者層の9割は大人で、この漫画を見ながら涙ぐむ母親もいる。
ストーリーは単純だ。海賊王を目指す主人公の少年ルフィが、仲間を得ながらワンピースという財宝獲得の旅をする海洋冒険物語。あちこちの駅に張られた「ワンピース」の巨大なポスター。女性ファッション誌のグラビアにも「ワンピース」の1コマが現われるなど、いたるところに「ワンピース」が…。書店の店員も「もうお化けですね。止まりません」と驚く売れ行きである。
読者層を紀伊国屋書店が調べた。最も多いのは19~29歳の43%、次いで30~49歳32%、50歳以上13%と9割が大人。1~18歳は12%だった。この漫画を見ながら「泣けてくる」大人たちが多いのだ。
アニメ番組で涙流す母親
この漫画のどこに魅了され共鳴するのだろうか。番組が家族揃ってワンピースファンという一家を訪ねた。リビングの片隅に置かれた机の上には、登場人物のフィギュアが所狭しと並べられている。最初にファンになったのは、小学生の長男、それが母親に伝わり今ではとりこに。
放送日には家族揃ってテレビの前に陣取る。訪れた日は主人公ルフィの兄が敵との戦いにやぶれて死ぬ物語のクライマックスだった。一心に見入っていた母親は涙ぐんでいる。 終わって感想を聞くと、「兄弟思い、仲間思いがすごく強いんで、そこにグッと掴まれる。このひた向きさを子供たちにも学んでほしい」という。主人公と同じ年ごろの少年を持つ母親が虜になるのも分かる。
作者はどんな人なのか。尾田栄一郎。メディアへの露出を拒み、謎に包まれている尾田のアトリエに初めてカメラが入った。本棚に囲まれ外光が入らない部屋の片隅に机があった。週に1度の休み以外はここで作品づくりに打ち込んでいるという。本棚には任侠ものや黒澤明監督の全集などがズラリ並ぶ。尾田に改めてインタビューを申し込んだところ、机の上に1枚のイラスト。そこには「インタビューは受けねゾ!」
尾田も過去に1度だけラジオの対談に応じたことがある。その中で尾田はワンピースは「『7人の侍』をイメージして描いている」と語っている。盗賊と化した野武士に苦しめられる農民たちを救うために、7人の男たちが命がけで戦いに挑む黒澤監督の大ヒット映画だ。たしかに男たちの強い絆が描かれており、ワンピースと似ている。
無縁社会に求める「強い絆」
なぜ仲間たちの強い絆に心惹かれるのか。人とのつながりを研究している関西大学の安田雪教授は「主人公ルフィと仲間たちのつながりには一つの特徴がある」と言う。主人公ルフィと仲間のゾロ、ナミ、サンジ、ウソップ、チョッパーの計6人に、新たにロビンという女性が加わる。
このロビンの弱点に敵が目をつけ、ルフィたちへの裏切りを迫る。しかし、ルフィたちはロビンへの信頼を貫き、敵を退けてロビンを取り戻し絆が一層深まる。このゆるぎない信頼が読者の心を惹きつけるのだという。
「そういったものを現代社会に求めながら、実現できないもどかしさがあるのではないかと思う」(安田雪教授=前出)
スタジオには甲南女子大文学部で文化論が専門の馬場伸彦教授が出演していた。国谷裕子キャスターの「なぜ大人たちに受けるのか。ヒットの理由をどう見ていますか」という質問に次のように答える。
「ワンピースの第1巻が刊行された1997年は新卒者の就職氷河期へ突入、終身雇用制の廃止やリストラで行き場を失った閉塞感が子どもにも広がった。
同時に、携帯電話やインターネットの普及でネットでの個人の世界は広がったが、孤立感も深まった。一流大学や高学歴者しか認めないような社会ができ上がった。その前までは、努力すれば何にでもなれ、個性も尊重された。
ワンピースが刊行された時期は、そうした価値観が無意味ではないかと思われはじめた時期なんだと思う。理想と現実、本音とタテマエが乖離した状況の中で連載が重なっていった」
無縁社会の中で孤立感を深める現実。その一方で、本音で語り合える仲間たちとの深い絆を漫画に求め、涙しながら共鳴する。ワンピース現象はこうした矛盾した社会を浮き彫りにしたようだ。