<信さん 炭坑町のセレナーデ>昭和30年代の福岡の炭坑町を舞台に、貧しくも明るくたくましく生きる人々を通して、信さんと呼ばれる少年の淡い恋心を描いたヒューマンドラマ。5月に福岡で先行上映して大ヒットし、ついに全国公開となった。
昭和38年、離婚した美智代(小雪)は小学生の息子・守(池松壮亮)と故郷である炭坑町に帰ってきた。炭坑町独特の貧しくても明るく力強く生きている人々とともに、守と美智代は新たな生活を始める。
ある日、悪ガキたちに囲まれ、お金を巻き上げられそうになっていた守を一人の少年が助ける。町で知らない者はいない札付きの少年・信介(石田卓也)だ。悪ガキをいとも簡単に蹴散らす信介に憧れの感情を抱く守。信介はそのときたまたま通りがかった守の母親・美智代に淡い恋心を抱く。
大人の女に背中から抱きしめられて
映画のキーとなる信介の美智代への恋心は痛いくらいに分かる。周囲から厄介者扱いされている信介を認めてやるために、美智代は信介を背後から優しく抱きしめる。小学生の男の子が、魅力的な大人の女性にそんなことされれば誰だって恋に落ちる。秀逸なカメラワークは、信介の背中に美智代の胸が当たる感触を切り取り、恋心の生まれる瞬間を見事に映像で表現していた。
ただ、見る側は信介の恋心を理解すればするほど、美智代のある種の冷淡さが気になってしまう。そこがこの映画の弱点だ。信介のアプローチに対して、美智代はなんだかどっちつかず。結局、信介は約10年にわたって美智代に恋心を抱き続けることとなる。まさに初恋は呪いであり、呪いをかけた美智代を魔性の女として捉えてもおかしくはない。
ネタばれになるので詳しくは触れないが、ラストの展開は美智代への同情を誘うために付けられた思えてならない。炭坑町に住む人々の描き方や、『ALWAYS 三丁目の夕日』にも劣らない時代再現力など素晴らしい部分も多いだけに、核となる信介と美智代の関係があやふやなのがもどかしい。
野崎芳史
おススメ度 ☆☆☆