60秒で本が手元にやってくる――。ネット上には数十万冊の書籍があって、いつでも自分の本棚へ持ってこられる。端末があればそのまま読める。長年親しんだ本との接し方が劇的に変わろうとしている。
アマゾンの「キンドル」が皮切りだった。ネットのリストから本を選んでボタンを押すと端末に本が届く。紙の本の3分の1の値段だ。マックの「iPad」は音楽、ゲームなどの多機能を備えて、これを追ってきた。画面上でまるでページをめくるようなディスプレイにみんな驚いた。
来年からはいよいよグーグルが、200万冊のコンテンツで勝負をかけてくる。迎え撃つのは シャープ、KDDI+ソニーグループ、NTTドコモ+大日本印刷、さらには紀伊国屋書店も?
今年末から来年にかけてが電子書籍元年となるのかどうか。アイデアとコンテンツ、それに端末の機能合戦も見物になる。
「黒船」に迫られて日本でも本格化
元編集者で評論家の津野海太郎氏はこういう。
「1960年代半ばの出版数は年間1万3000点だったが、いま7~8万点。本が売れないから、点数を増やしてカバーしている状況で、(内容よりも)売れる本がいい本だという風潮だ。何とかしないといけないというところへ電子化がやってきた。」
国谷裕子キャスター「日本はこの分野では進んでいたのに、なぜアメリカか ら?」
津野「90年代の試みのレベルは高かったが、超えないといけないハードルがあった」
それは、①コンテンツ―読みたい本があるかどうか②流通―欲しい本が手に入るか③読む道具としての端末。このうち①と②がクリアできなかった。頭がそこまでいかなかったという。
国谷「コンテンツの出し惜しみ?」
津野「どう使われるかわからないと警戒心は強かったかもしれない」(笑い)
いわば「黒船」に迫られて、ようやく印刷業や書店という「本業」が電子化に動き始めたということであろう。これまでは、端末機器を作る方が先で、何を読ませるかが抜け落ちていたのである。
印刷と電子で「住み分け」
電子化はこれまでの「紙の本の常識」を覆す。いま年に8万点もが世に出ながら、3か月も経たないうちに書店から消えている。「紙のコスト」のせいだが、デジタルの世界ではこのコストがかからない。絶版本とか採算に合わないものでも電子には乗る。
「本は歴史の証人みたいなもの。古くなったら要らなくなるものではない。ちゃんと残しておかないといけない」(岩波書店)
1人でコツコツと書いていたミステリー小説がネットで売れ始めたという例もある。ある編集者は「ソーシャル・リーディング」を試みる。電子本の感想を書き込んで、読者間のコミュニケーションを生むのだという。
津野氏は「印刷と電子は肩を並べていくだろう。紙が駆逐されることはない」という。多分、正しいのだろう。しかし、電子の方は未知の可能性がいっぱいだ。歴史書などではリンクを多用することだってできるだろう。書籍に動画を入れることだって可能だ。
そういえば昔、手塚治虫の未来マンガで、本を開くと「あ、挿絵が動いてる」というのがあった。いまiPadは見事それに到達した。われわれはSFの世界にいるわけだ。
よく「読書離れ」がいわれるが、電子書籍が新たな読書人口を作り出すかもしれない。なれば、互換性のない端末の乱立だけは避けてもらいたいものである。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2010年10月18日放送「電子書籍が『本』を変える」)