奨学金を返せない若者が増えている。就業・生活が安定せず、返そうとしても返せない。若者への投資だったはずの奨学金が、若者の足を引っ張っている。事態は深刻だ。
Aさん(24)は図書館の司書になるのが夢だ。両親に負担をかけまいと、奨学金を借りた。しかし、就職難で1年契約の非正規職員にしかなれない。奨学金の返済を始めると、手取り10万円の収入に返済額は2万円。アルバイトを3つやったが、過労で体調を崩した。この4月、夢をあきらめて診療所の正規職員になった。
「夢を実現させるための奨学金が夢を奪った」
とAさんは言う。
奨学金の残高が2倍になった例もある。Bさんは工場を雇い止めになって以来定職がない。奨学金は140万円だったが、返済猶予期間が過ぎて、なんとか払える分だけでもと返済を続けたが、とても追いつかず、延滞金がかさんで残高は270万円にふくれあがった。Bさんは「債務に追われている感じ。八方ふさがりです」と話す。
滞納者を金融ブラックリストに登録
なぜこんなことになるのか。奨学金を貸し付けている独立行政法人「日本学生支援機構」は、日本育英会だった1999年、「きぼう21」という有利子の貸与制度を導入した。それまで奨学金は無利子だったが、税制難から原資を一般会計から財政投融資に切り替えた。限度額は600万円近くに引き上げたが、利子は3%が付くようになった。
それでも、当時は借りやすくなったこともあって歓迎された。奨学金総額も10年で2.5倍の1兆円を超え、そのうちの7割が有利子だった。一方で、滞納もまた10年で2倍の33万人になった。
育英会から独立行政法人となった「支援機構」はより採算性を重視して、この4月から3か月以上の滞納を債権回収会社に回し、いわゆるブラックリストになる個人信用情報機関への登録も始めた。対象者は21万人で、先月までにすでに2386人が登録された。
本人の同意が条件だが、登録されると将来のクレジットカード取得や住宅ローンにも影響する。しかし、機構は「有効な措置だ」と平然としている。
宮本太郎・北大教授は「人材の育成のはずが、金融機関になっている」と批判、「奨学金制度の再設計が必要だ」と言う。
日本の奨学金は貸与なので返済しなければならないが、いまや新卒の35%が非正規社員(女性は58%)で、年収は200万円以下だ。前出のAさんのように収入の2割が返済というケースは珍しくない。返済が滞れば延滞金10%。これがBさんのケースになる。
東大「年収400万円以下世帯は授業料免除」
そんな中、東大は「低所得世帯支援制度」を作った。年収400万円以下の家庭は授業料を全額免除。工学部のCさん(21)は寮にも優先的に入れたため、住居費は月1万円で済む。仕送りなしでもアルバイトでしのげるという。
この試みは、他の大学にも広がりつつあるが、まだ形は見えていない。文科省も低所得世帯支援と無利子奨学金の予算増額を求めている。財界からも経済同友会が、「年収に応じた返済額の減免」「貸与でなく給付型奨学金」を提言した。貧困の再生産という現状への危機感である。
この「給付型」はいわば奨学金制度の行き着くところで、有用な人材を国が育てるという国家の哲学でもある。北欧諸国が好例だが、イギリスは「所得連動型」の返済制度を採用している。先進国では日本の公的負担は極端に少ない。宮本教授は「未来への投資だと考えないといけない」と力説する。
民主党政権は高校までは無償にこぎつけた。その先をどう描いているか。滞納者をブラックリストに載せるような独法に、任せておいていいのか。ここはひとつ国家哲学の出番だろう。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2010年9月6日放送「奨学金が返せない~若者たちの夢をどう支えるか~」)