さて、自分の葬式どうするか…家族と話し合いで決めたある末期がん患者

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   葬式が変わってきている。火葬のみの「直葬」、散骨の「自然葬」、ロケットで遺灰を打ち上げる「宇宙葬」、「献体」登録で火葬から納骨までを託す……。「クローズアップ現代」が5か月にわたって死と向き合った家族を追った。

遺影も「これじゃ笑いすぎだな」

   末期がんの福富敬治さんは今年1月、延命治療をしないと決めた。

「オレの命だ。ばた狂って生きることはしたくない」

   家族全員が死と向き合うことになった。カメラが入ったのは4月からだった。

   まず葬儀はどうするか。「参列者は少なくていい」と敬治さん。「知らせないと、なんでと言われる。常識的に」と妻の昌子さん。

「ピアノを弾いてほしい」
「ピアノは似合わんよ」
「オルガンでもいい」

   障害者福祉の仕事一筋で家庭を顧みなかった。娘はそんな父にわだかまりがあって、嫌いだった。結婚後は疎遠になっていた。

   自宅療養になって、数年ぶりに家族が集まった。敬治さんは仕事にかけてきた自らの思いを語った。

「葬式で大学の校歌を流してほしい」

   歌詞の最後に、「我等、地(つち)に生きん」とある。か細い声で歌って聞かせた。

「英雄になるより地に生きる。それを望んでいた。人の役に立てば、ようやったと、それでいいんじゃないか」

   遺影をどれにしよう? 笑った顔、真面目な顔……。

「これは笑いすぎだな」

   啓治さんは真面目な顔を選んだ。昌子さんをねぎらったことがなかった敬治さんが、カメラの前で「この母親に預けておけば大丈夫だと思っていました。奥さんには、ありがとうというしかない。ありがとう」と言った。

「この人の口からこんな言葉を聞くとは。終わりが近いのかなと」

と昌子さん。この言葉から1か月後、敬治さんは逝った。

   葬儀で娘は「葬式の話が出てから、わだかまりが解けていった」と言う。昌子さんは「不思議と涙は出ませんでした。安心しました。5か月間、互いに理解を深めました」と話した。家族の深い時間が流れていた。

「葬送」から「送別」への変化

   ゲストは哲学者・山折哲雄さん。

「しみじみとした葬儀でした。和解の境地、それを全員が分かち合うことができた」

   昔は「葬送」といっていた。天国か浄土か、漠然と魂を送ると考えていた。それがある時期から、「送別」と呼ぶようになった。別れを強調するようになって、死とどう向き合うかが、逆に大きな問題になり、あらかじめ考えるようになった、と山折は言う。

   日本人の死生観と関わる。長い間、日本人は人生50年でやってきた。死と生は同等で、死を意識することで生きることを考えてきた。それが人生80年になって、「生」と「死」の間に、「老」と「病」が入って来て、まだ対応できていない。長生きしたために、成熟した人生を生きる知恵が必要になった。そこで「さあ、死とどう向き合うか」となっている。

   仏教の「無常観」がある。形あるものは滅び、永遠はない。人は必ず死ぬ。これを受け入れながら、生きる支えにもなった。力強く生きていく作用をもった価値観だったと思う。これがいま問われているのだと。

   不思議に静かな気持ちで耳を傾けていた。むかし、老人施設に「死を恐れることほど愚かなことはない」とひとりつぶやく老人がいた。恐れているのか、生への執念か。妙に哀しかったことを思い出した。

ヤンヤン

NHKクローズアップ現代(2010年8月2日放送「『お葬式』は生きているうちから」)

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