平均寿命が世界でトップ、新生児の死亡率も極めて低い日本。ところが、その間の1~4歳児の死亡率は先進国のなかで飛びぬけて高いことが最近の調査で分かった。
浮かび上がったこのちぐはぐさの原因は、重篤に陥った小児の診断をした経験に乏しく、適切な処置が行えない医師たちが多いこと。加えて、重篤な小児を集中的に治療する医療体制の不備。そして、何よりも「社会がその不備に気付かないまま、埋もれてしまった」(小児科医)ことだという。
長い不況のなかで親による子供の虐待が頻発している。子供を大切に育てる考えが社会全体で希薄になっているのだろうか。
はいはいからようやく立って歩けるようになる1~4歳児は、ただでさえ危険な年ごろだ。交通事故や転落事故、病気になると基礎体力が弱く症状が急変しやすく、言葉での表現ができない子供の診断や治療は大人より難しいからだ。
WHO(世界保健機関)のデータによると、1~4歳児の死亡率で日本は先進国の平均を大幅に上回る状態が過去20年間続いているという。その背景には何があるのか。
経験積む機会少なく診断ミスで失われる命
番組が取材した医師たちがあげたのは、重篤の子供を見るケースがほとんどないため、経験を積んで診療技術を磨く機会が少なく、助かる可能性がある命が失われている実態だった。
実例として取り上げたのは、子供の命を救えなかった救急現場で働く30代の医師。夜間当直中、3歳児が「息ができず苦しんでいる」と運ばれてきた。大人の急患ばかりを診てきた医師は、幼い子供を前に動揺し、不安を抱えながらぜんそくと診断して治療した。ところが病状は回復せず、結局亡くなった。
後でわかったことは、気管がつぶれて呼吸しにくくなる気管軟化症という病気で、医師の診断ミスだった。しかし、短兵急に医師を責めるのは酷というものだ。幼い子供を頻繁に診ている小児専門医でなければ、診断するのが難しい病気なのだという。
こうした診断ミスの多さを裏付けるデータがある。藤村正哲医師(大阪府立母子保健総合医療センター)が、1~4歳児の高死亡率の原因を調べるため、子供たちの死亡場所を記録した国の資料を分析したデータだ。
それによると、05年~06年の2年間、病院でなくなった1~4歳児は1880人で、全国各地の病院に分散している。これらの病院の67%が、2年間でたった1~2例しか1~4歳児を扱ったことがない事実が浮き彫りになった。
さらにもう一つの課題として指摘されたのは、1~4歳児を専門に診る小児ICU、集中治療室の整備の遅れ。現在稼働しているのは全国で10病院以下で、関東では東京にあるだけという。
成人中心の医療態勢の落とし穴
では、どうすれば幼い命を救えるのか。小児科医で長野保健所長の田中哲郎医師は次のように語った。
「集約化していくことが必要です。救命救急センターは成人中心に考えられており、勤務する医師も成人中心の先生が多い。子供の診断・治療は苦手で、対応できないのが現実です」
キャスターの国谷裕子が「集約化とは具体的にどのような意味ですか」と聞いた。
「1人とか2人しか小児科医がいない施設が全国で半分ぐらいあります。そういうところは集中治療がむずかしい。ナースや設備もありませんから、人数を集めてきっちり対応できるよう集約化して集中治療できることが望ましいんですが……」
田中医師によると、小児ICUを備えた専門病院は各県に一つある必要ない。全国で20施設あればいい。重要なのは医師同士の連携、ドクターヘリなど搬送態勢の整備で、これが実現すれば地域格差もなくせるという。
「態勢整備がなぜこうも遅れたのか」という国谷の質問に、田中医師はこう指摘した。
「子供を大切にしようという考え方が希薄だったのかもしれません。子供は成人の付属物ということでメインに考えられていなかったのではないでしょうか」
親による子供の虐待が頻発する現状も含め、知らず知らずに社会全体が「子供は大人の付属物」と考えているとすれば、日本人は根本的に意識を変える必要がある。
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2010年7月28日放送「1~4歳『取り残された世代』を救え」)