<テレビウォッチ>冒頭、国谷裕子キャスターは「日本の刑事裁判の歴史の中で、裁判所の判断がこれほど大きく揺れ動いた事件はあったでしょうか」と切り出した。「名張ぶどう酒事件」のことである。事件発生が49年前、裁判も異例の展開を見せた。「今週、最高裁は、科学的な検討が尽くされていないとして、農薬の再鑑定を行うよう名古屋高裁に審理を差し戻しました」(ナレーション)。現在84才の元被告は、拘置所で差し戻し審理の開始を待つことになる。
名張ぶどう酒事件
津地裁の1審=無罪、名古屋高裁の2審=死刑、最高裁=死刑確定、その後7次に渡る再審請求と、長期化した裁判に携わった裁判官は50人超だと番組は伝える。そして、裁判が長引いた背景にあった裁判官たちの意見の相違を掘り起こす。彼らのうちの何人かから引きだした「当事者の声」が、今回の白眉である。
A裁判官=複数の住民の証言内容が一斉に変わり、元被告の有罪に傾いたことについて、「思い違いの訂正だってある。他の人から言われて、そうだったと訂正することだってある」。記憶違いと認定したのだ。1審判決では、「時刻の訂正は検察官の並々ならぬ努力の所管であり、調書を一読すれば容易に理解しうる」として、無罪の根拠とされていた。
元被告は逮捕時の供述を覆した。「自白は、連日、10時間以上取り調べを受け強要された。事実ではない」と、裁判では一貫して無実を主張する。再審開始決定(第7次)では「多くの虚偽を含む自白をしたことになり、真実性は乏しいと考えられる」としたが、B裁判官、C裁判官は異なる判断を下したようだ。
B裁判官=「裏づけがとれない自白もあるが、話に具体性がある。作り出してできる話なのか」
C裁判官=「裁判官には、犯人を逃がしてはいけないという意識があるのは事実だ。だから、10のうち1か2、おかしな点があっても有罪とする」
再びA裁判官=「絶対、間違いないという証拠がある事件はむしろ少ない。(犯人である)確率90%が80%に下がっても有罪とする場合もある」
かなり乱暴な裁判官がいることに驚かされると同時に恐ろしい気もする。
スタジオゲストの木谷明(元裁判官、法政大学法科大学院教授)は「1番だいじなことは無実の人を処罰してはいけないということ。裁判官の中には犯人を取り逃がしたくないと考える人もいる。が、無実の人を処罰するのは、その間違い以外にも、真犯人を取り逃がす間違いを冒していることになり、その方がよほど罪が重いということを、裁判官は考えるべきではないか」と語る。また、今回の最高裁の差し戻し決定は「事件の特殊性からしても再審開始の判断は十分あり得た。鑑定の必要があれば、その再審公判の中でやって行くのが本筋」と批判した。
裁判員制度導入、取り調べ全面可視化の流れはやむを得ないかと感じさせられる番組内容であった。
アレマ
* NHKクローズアップ現代(2010年4月8日放送)