<テレビウォッチ>この春、東京都の教師たちに「学校問題解決のための手引」が配布された。副題に「保護者との対話を活かすために」とある。例のモンスターペアレンツ対策だ。西村綾子がレポートした。
ボタンの掛け違い
手引きの中身は要するに、学校側の対応にも問題があるので、どう対処したらいいかというものだ。保護者と接する心得10か条というのがあるが、相手をねぎらう・話がゆきづまったら状況を変える、などといいうものだ。
都の調べでは、公立校2418校のうち、学区だけでは解決困難な問題をかかえている学校が、234校もあった。
例1:遠足の水筒に名前がなかったので、担任がマジックで名前を入れた。すると、母親が「ブランドものだ。オークションに出そうと思っていたのに」と弁償を求めてきた。
例2:子どもが、「先生にブサイクといわれた」と母親。教師が「そんなことはいってない」というと、「子どもがウソをついてるというのか」と激こう。担任を変えろ、辞めろといい出した。
例3:教室内で女の子が男の子を突き飛ばした。教師が注意するとパニック状態になった。それを母親につたえ、「家ではどうか」と聞いたところ、以後昼夜を問わず「うちの子が」といやがらせ電話で、ついに担任を変わることに。
これについて、手引きを書いた東京学芸大・小林正幸教授は、「家庭教育どうなっているんだという響きはまずい」「家ではいいお子さんなんですねぇ。安心しました。でも今回こんなことがあって心配だった、といえば」「最終的には先生と親御さんが一緒に考えていけるようになれば」と。
教授は「始めから理不尽なわけではない」「要望のレベルだったのに、ボタンの掛け違いで要望ではないレベルになってしまう」というのだ。
「認める形になるのが怖い」
手引きには、親切にも、「こういう時は、こう答えましょう。表情や声のトーンも重要」「座る位置はこうこう」などと書いてある。ん? そういうレベルの話なのか?
本村健太郎は、「そういうこともあるかもしれないが、基本的には親の方が悪いと思う。先生方が本来でないこうしたことで力をとられるのを避けるには、という程度の意味しかない」
はるな愛は、「信じられない。大人が子どものままのような」
加藤浩次は「腫れ物に触るようで、関係が作れないのでは?」
ところがテリー伊藤は例3を、「男の子をかばうのか女の子をかばうのかで、父兄は半分に分かれる。繊細な気持ちで聞かないといけない。先生は教育者であると同時に空気が読めないと」という。
加藤は「手をあげた子の親は、すいませんというべきだと思うが」
テリーは「男の子の親を呼んでないでしょ」
本村は「先生がそこまで気を使う必要ないでしょ」
これは面白くなるなと思ったら、時間切れ。加藤が、「モンスターを認める形になるのが怖い」と締めて終わった。
手引きなんて、一種の演技ではないか。なんで学校がヘコへコするのかがわからん。いっそ本音でとことん怒鳴り合った方がスッキリするでよ。