「認める形になるのが怖い」
手引きには、親切にも、「こういう時は、こう答えましょう。表情や声のトーンも重要」「座る位置はこうこう」などと書いてある。ん? そういうレベルの話なのか?
本村健太郎は、「そういうこともあるかもしれないが、基本的には親の方が悪いと思う。先生方が本来でないこうしたことで力をとられるのを避けるには、という程度の意味しかない」
はるな愛は、「信じられない。大人が子どものままのような」
加藤浩次は「腫れ物に触るようで、関係が作れないのでは?」
ところがテリー伊藤は例3を、「男の子をかばうのか女の子をかばうのかで、父兄は半分に分かれる。繊細な気持ちで聞かないといけない。先生は教育者であると同時に空気が読めないと」という。
加藤は「手をあげた子の親は、すいませんというべきだと思うが」
テリーは「男の子の親を呼んでないでしょ」
本村は「先生がそこまで気を使う必要ないでしょ」
これは面白くなるなと思ったら、時間切れ。加藤が、「モンスターを認める形になるのが怖い」と締めて終わった。
手引きなんて、一種の演技ではないか。なんで学校がヘコへコするのかがわからん。いっそ本音でとことん怒鳴り合った方がスッキリするでよ。
文
ヤンヤン| 似顔絵 池田マコト