「コメディ」の1本目は、『赤ちゃん教育』(ハワード・ホークス監督 1938年)。
この映画が日本で公開されたのは、アメリカ公開から半世紀もあとの88年だった。スクリュー・ボール・コメディの傑作と、噂のみ耳にしていたわたしは、早速、劇場に駆けつけたが、正直、ぶっ飛んだ。映画の展開とともに、椅子から転げ落ちるほど爆笑しながら、終わったときには、粛然とした気持になったのである。
たかだか101分の映画に、次から次へと、奇想天外なギャグを惜しげもなく盛り込む、その潔い「娯楽奉仕」の精神(坂口安吾)に、心うたれたからである。それは監督ばかりでなく、当時極めつけの大スターだったケイリー・グラントとキャサリン・ヘプバーンが、破天荒なギャグを真面目に演じていることにもよる。
グラントは、いたって小心でマジメな動物学者で、許嫁の女性と、恐竜の骨を集めその復元に努めている。それが、あと1本の骨で完成するというところで、貧しい彼らの博物館に100万ドルを寄付してもよいという未亡人の申し出があり、それを手に入れるために、彼女の法律顧問とゴルフをしに行くというのが物語の発端。
そこに、お転婆令嬢のヘプバーンが現れ、勝手にグラントのボールを打ってしまうことから引き起こすドタバタからしてオカシイのだが、それはほんの序の口。
その夜、グラントが、改めて法律顧問に会いに行ったレストランで、またしても彼女と鉢合わせしたことから、この小心な動物学者は、どんどんヘプバーンの破天荒な行動に巻き込まれていくのだが、そこに、彼女の元に送られてきた、なぜかラブソングが好きなベビーという名の豹が絡み(タイトルの赤ちゃんとは、この豹のことなのだ!)、さらに彼女の大金持ちの伯母さんの愛犬で、骨と見ると庭に穴を掘って隠してしまう犬が絡み、挙げ句は、サーカスから逃げ出した人食い豹まで出てくるという大騒動になって行くのである。
その間に、ホークス監督お得意の、令嬢のドレスの尻が破れるとか、男が女装させられるといった小ネタも満載され、息つく暇もないほどなのだが、これを見てつくづく思うのは、コメディもまた活劇に他ならないということである。そして、ケイリー・グラントやキャサリン・ヘプバーンといった往年の大スターは、それをいとも優雅な身のこなしで、スピーディにやってのけたということに、心底から感動するのである。
ちなみに、スクリュー・ボール・コメディとは、1930年代のハリウッド映画に流行した、夫婦なり恋人なりの1組の男女の間に、もう1人の女あるいは男が割ってはいることで起きる喜劇のことである。
映画評論家 上野昂志