フィルム・ノワールすなわち「黒の映画」とは、1940年代に登場したアメリカの新しいタイプの犯罪映画に対して、第2次大戦後にフランスで刊行された「セリ・ノワール(黒の叢書)」という一群の犯罪小説にちなんで命名されたものである。
という次第で、1本目は元祖フィルム・ノワール。『マルタの鷹』(ジョン・ヒューストン監督 1941年)。
原作は、ハードボイルドの生みの親ダシール・ハメットの同名小説。主役の私立探偵サム・スペードに扮するのは、以後、タフな探偵の理想型となるボギーこと、ハンフリー・ボガート。ジャン=リュック・ゴダールの出世作『勝手にしやがれ』で、ボギーにオマージュが捧げられているが、タフな男というのは、腕っ節の問題ではなく、金や女の誘惑に負けないことだというのは、この映画のボギーを見ればよくわかるだろう。
ある日、彼の探偵事務所に、素晴らしい美女(メアリー・アスター)が訪ねてきて、男に尾行されているので助けてくれと依頼する。女の美しさに惹かれた相棒が、その役を買って出るが、彼は、尾行の相手ともども死体となって発見され、サム・スペード自身が警察の追求を受けることになる……というミステリアスな導入から、さまざまな人間たちがマルタ島の財宝で造られた鷹をめぐって、争奪戦を演じていくことになる……。
という物語の展開もさることながら、この映画はまず、主人公のモノローグや回想形式を多用した語りによって、観客を、迷宮に迷い込んだような感覚に引き込んでいくこと、そしてファム・ファタール(運命の女)と呼ばれるような魅惑的な美女が物語を導いていくという、それまでのギャング映画などになかった特長によって、フィルム・ノワールの原型といわれるようになるのである。
映画評論家 上野昂志