ハードボイルドの第2弾は、『キッスで殺せ!』(ロバート・アルドリッチ監督 1955年)。
これは、フィルム・ノワールに分類されることが少なくない。フィルム・ノワールについては、次週に書くが、ハードボイルドとフィルム・ノワールの間はグレー・ゾーンで、どちらにするかは微妙なところがあるとだけ心得てもらえばいい。
とにかく、冒頭から一挙に、この映画の夢魔的な磁場に引き込まれる。ライトで照らし出されたハイウェイを裸足で逃げる女、彼女の激しい息づかい、ナット・キング・コールの甘い歌声が流れるカー・ラジオ、その光と音が、観る者を眩暈に似た感覚に陥らせる。
女を車に乗せたマイク・ハマーは、しかし、得体の知れぬ男たちに捕まり、女ともども拷問された挙句、車ごと川に投げ込まれる。そして、ハマーが病院で意識を取り戻したときには、女はすでに死んでいる。そこにFBIが現れるが、ハマーは彼らの申し出を拒絶して、女の身元を探り始める……。
原作は、反共主義者のミッキー・スピレーンの短編だが、監督のアルドリッチは、探偵マイク・ハマーを主人公に借りただけで、内容を徹底的に改編し、水爆が登場した時代の恐怖を、影のように映画に織り込んでしまう。すなわち、これが製作された前年には、ビキニ環礁で水爆実験が行われ、その放射能雨を浴びた日本の漁夫が亡くなり、日本では、『ゴジラ』が作られているのだ。
得体の知れぬ男たちやFBIが必死に探す鉛の箱は、裸足で逃げた女と同室の女の手によって持ち去られるが、そのパンドラの箱さながらの箱が開かれるとき、あなたは、そこに何を見るのか?
映画評論家 上野昂志