アクション映画 その2。『駅馬車』(ジョン・フォード監督・1939年)。試写室で、『駅馬車』を見た小津安二郎監督は、これを見ない奴はバカだ! と叫んだというが、まさにその通り。
普仏戦争(1870年のプロシアとフランスの戦争)を舞台にしたモーパッサンの短編『脂肪の塊』を、大胆にもアメリカの西部に置き換えた前半は、駅馬車に乗り合わせた人間同士の葛藤が物語を引っ張る。後半は、襲いかかるインディアンに応戦しながら、必死に逃げる駅馬車のカットバックが見ものだが、そのあとの静かな決闘も素晴らしい。
威張りくさった銀行頭取に、飲んだくれの医者、騎兵隊の夫に会いに来た身重の貴婦人に、博打に身を持ち崩した元南軍将校、そして彼らから蔑みの目で見られる酒場女。そこにお尋ね者のリンゴ・キッドが乗り込み、駅馬車が砦から砦へと走るうちに、次第にそれぞれの人物の性根が見えてくる物語の運びが素晴らしい。
しかも、駅馬車が先へ進むに従い、彼らを襲う機会を狙っているインディアンの姿が見え隠れするのが、緊迫感をもたらす。
その緊張の糸を一気に断ち切るように、インディアンの襲撃が始まる。疾走する駅馬車、追うインディアンの馬群。駅馬車を下から撮るショットも含め、この銃撃戦のカットバックは、何度見ても手に汗を握る。これに較べれば、数千本の矢が飛んできたりもする『レッドクリフ』のCG頼りの活劇など児戯に等しい。
だが、傷だらけの駅馬車が目的地に着いたところで終わらないのが、この映画の凄さだ。リンゴ・キッドが、たった1人で複数の仇敵に向かう闇の中の決闘は、その静けさにおいて、インディアンの襲撃の爆発的なアクションと見事な対照を成しているのである。
映画評論家 上野昂志