製作:東京藝術大学大学院映像研究科
<イエローキッド>寝たきりの祖母の面倒を見ながらボクシングジムに通う田村は、自己の苛立ちをパンチに込め、サンドバックを叩く日々を過ごしていた。元恋人に未練を強く残し、現実逃避をするように創作活動に打ち込む漫画家の服部は、新作の取材のため田村が通うジムを訪れる。
現実と妄想の境
田村と服部には互いに思いもよらない接点があった。2人の出会いはやがて、互いの鬱屈とした感情を抱える内面世界にシンクロしていくのであった。
2人の出会いは、あくまで偶然なのだが、互いに出会うことが運命であったかのように結びつける「つかみ」の描き方が非凡である。必然性を与える力強い説得力に「学生作品」という先入観は吹き飛んだ。
田村と服部の日常を平行して描いているが、主人公は服部だろう。プライドは高いが、気が滅法弱く、昔の恋人に対して激しい嫉妬を繰り返す彼は、現実とは違い、思ったとおりにことが進む漫画の物語の世界に現実を投影していき、田村を主人公にして漫画を描いていく。服部同様に映画もクライマックスに向けて「現実と妄想の境」があやふやになっていく。
圧巻の内面描写
この構成に観客は、どこからが現実でどこからが服部の「願望の妄想」なのか戸惑うことになるかもしれない。自主映画作品に多く見られるような奇をてらっただけのあざとさは見受けられない。が、張り詰める緊張感に包まれた現実世界に対して、妄想世界は脚本上の組み立ての「アイデア」だけが宙に浮いてしまっている感じがした。それを心配してなのか、ラストに「説明」が用意されているが、それも取って付けた感が否めない。
ただしこの作品の見るべき部分は「内面描写」にある。次々と身に起こるやりきれない出来事により、田村の精神は、触れるだけで切れてしまいそうなほど危ういものになっていく。その「緊張感」を田村が街を歩いているだけで観客にひしひしと伝えてしまう術などは圧巻であり、音響や過剰なアクションなどに頼ることもせず、あくまで脚本の力により表しているのは映画の骨の太さに繋がっていく。咽元にナイフをあてられているようなゾクゾク感こそがこの作品のハイライトであろう。
川端龍介
オススメ度:☆☆☆