<テレビウォッチ>こだわりのレポーター玉川徹が、東国原・宮崎県知事に迫った。政権交代の前段で、自民党をガタガタにしたといわれた「私を総裁にして、お戦いになるか」のひと言。その真意を聞いたのだが、これがなかなか面白い。
玉川はまず橋下・大阪府知事に聞いた。すると意外や、「東さんはこうなることは最初からわかってました」という。
「4月だったか。やれば袋だたきになるけど、やるしかないよねと。テレビの世界の人だから、どう報じられるかは百も承知だった」「じゃあ勇み足じゃなかった?」「違います。全然」「自ら捨て石に?」「そうですよ。始めから総裁要求で中から入っていくと」
玉川は「想定内だったと言うんです」
大谷昭宏が「あのドタバタが、自民党の凋落に拍車をかけた」
玉川「でもそれは結果論でしょう。その前からわかっていてやったと」
大谷「そこはちょっと意外ですよね」
山口一臣「民主党の隠密だった?」
大谷「みんな、調子に乗り過ぎたんだと思ってた」
玉川「本人に聞きたくなるでしょう?」
ということで、東国原知事のインタビュー「2009年東国原劇場」。古賀選対委員長への申し入れに、7月猛烈な逆風が吹く。そしてビートたけしとの会見、都議選の自民惨敗を経て、出馬断念に至った。
――6、7月の動きの意味は?
東国原知事「衆院選は民主圧勝の予想だった。保守王国の宮崎までが自民NOだったから、自民は消滅するんじゃないかと。そこで次の政権交代できる政党を残さないといけない。そこで、自民にその自覚があるかどうかを、申しわけないが試させて頂いたんです」
「本当に変わらないと自民はつぶれますよ、というのが私のメッセージだった。古賀さんにそういったら、古賀さんもそう思うと。ならば、総裁選の形を変えませんかと。また、知事会の要求を全部入れたら変わったことになると。断られると、一笑にふされると思っていたら、古賀さんは『持ち帰って検討します』となった」
「批判を浴びることはわかっていたが、それをやらないと自民がだめになる。日本のためにならないと」「捨て石に?」「もちろんです」
VTRにスタジオもきょとんだ。
――逆風が吹くことはわからなかった?
「逆風が強いことは都議選でわかった。自民が惨敗して、石原選対委員長が、『東国原が戦犯だ』といった。ボクに頼むほど自民は落ちぶれたのか、という失望感が多かった
」――ビートたけしさんには何をいわれた?
「このままいくと、髪の毛全部抜けるくらいの逆風だぞと。ここは鉾をおさめておとなしくしておいた方がいいといわれた。意見としてお聞きしました。で、最終決定は、自民党が私の条件を飲めないといったことと、党の上層部の冷たさでしたね。『顔洗ってこい』とか『あほらしい』とか。皆さん落選されましたが……」
――テレビの反応を?
「読み違えた。ボクが国に行くというのに、国民の8割が反対と出た。県民ならわかるけど、国民がですよ……半分くらいだと思ってた。だからたけしさんも、調子に乗ってるんじゃないかと心配してくれたが、ボクの立ち位置をわかってくれた」
――今年は何点?
「40点かな。赤点。でも5年10年後に生きてくる。あそこで打った波が大きくなって津波になってくるんじゃないかと。民主でも自民でも不備になったとき、地方にやんちゃな知事がいたなと思ってくれればいい」
「分権が進めば国へ行く必要はない。それが進まなかったら、それを進めにいかないといけない」
スタジオもあらためて「うーん」と、意外と深いところで動いていたのに驚き。
大谷は、「この動きはフルオープンだった。国民が知りたいのは結果のオープン。状況の垂れ流しとは違う。隠して動いた方がよかったかも知れない」
「うーん」だ。