「フジヤマのトビウオ」がくれた 戦後日本の「勇気」確認

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   <テレビウォッチ>「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた古橋広之進・日本水泳連盟名誉会長が8月2日、世界水泳選手権が行われているローマで亡くなった。『泳心一路』を好んで書いたこの人にふさわしい死に場所だった気がする。

   1948年(昭和23年)のロンドン五輪に参加を認めてもらえなかった敗戦国・日本。ならば目に物みせてやると、この年400m、1500mでロンドン五輪の金メダル記録をはるかにしのぐ世界新記録を。

   主食はイモ、貧弱な体格から信じてもらえず、アメリカ人から「プールが短いのでは?」などといわれる始末。

   だが、翌49年にロサンゼルスで開かれた全米選手権に参加するチャンスに恵まれ、ここでも1500mで世界新記録を更新。アメリカのマスコミからフジヤマのトビウオ」と畏敬の念で呼ばれた。

   敗戦、荒廃のどん底のなか、打ちのめされた日本人の心に感動、勇気を呼び戻してくれた人の1人だった。

   その感動した経験を持つのは、今やスタジオでは弁護士の大澤孝征とジャーナリスと鳥越俊太郎の2人だけ。

   大澤は「この時代、戦争孤児が世の中に溢れ、ラジオでは『鐘の鳴る丘』や『尋ね人の時間』というのがあった。家族がバラバラで探している時代ですよ。

   その中での世界記録は希望でしたね。日本人にとって忘れられない人ですよ」と。

   鳥越も「食料はまずない。アメリカに占領されている。ロサンゼルスで日米対抗の試合があった。そのアメリカ人を敵に回して、連戦連勝した時は感動、感激しましたね。

   ボクシングの白井義男、卓球の荻村伊智朗、ノーベル物理学賞の湯川秀樹……勇気をもらいましたね」。

文   モンブラン| 似顔絵 池田マコト
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