「日本人で良かった。太宰を日本語で読めて」
作家の井上ひさしは、その魅力を「とにかく面白い」という。太宰を引用して「ただただ本流の小説を書きたいだけ。面白い筋書きだよ。弱くてやさしい人間が、面白い筋書きの中でのたうち回りながら生き生きと生きる」と。「これが太宰の理想ですね」
「太宰の苦しみは自分の苦しみだと、面白い筋書きで書かれると、あたかも自分に向けられているような気になる」
太宰の「うまさ」について「われわれのいう『つかみ』です」と、「駆け込み訴え」の書き出しを朗読で聞かせた。
「申し上げます、申し上げます……あの人はひどい、厭な奴です……ずたずたに切りさいなんで殺してください」。読むものをいきなりわしづかみにする。井上は「いきなりこれですからね」
その文体は、太宰だけのものだと井上はいう。津軽言葉の昔話、父が呼んだ歌舞伎、義太夫、落語……話し言葉のテクニックが、その後出会った近代の散文を飲み込んでしまった独特のものだと。
明大の伊藤氏貴講師はある高校で、太宰の文章とある若者の文章とを並べてみた。秋葉原の無差別殺人犯がネットに残した言葉、これが驚くほど似ていた。しかし、太宰にはやさしさがあった。「一筋の光がある」と伊藤講師。「最後はポジティブ」と高校生はいう。
井上も「人にはみな小さな宝石があって、それを発見し書くのが小説家の仕事。太宰が書く小さな宝石を、若者は自分のなかに見い出しているのではないか」「日本人でよかった。太宰を日本語で読めて」とまでいう。
別の番組で、太宰の妻が「彼は自分のことだけを書いていました」というくだりがあった。ひとつ間違えば、「ただの厭な奴」。それくらいでないと、書けないものなのかもしれない。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2009年6月22日放送)