仙台のとある私大に通う就活中の大学生、渡辺某には小さいころからの夢があった。それはマンガ家になること。腕前はセミプロ級で、出版社からは本職のマンガ家になるようすすめられたほどだ。
本人もしばらく前まではその気だった。しかし、昨今の未曽有の不況を目の当たりにし、友人からは「新卒で正社員になれないと、不安定な生活からは立ち直れない」とアドバイスされて不安になり、考えが変わった。行きも帰りも夜行バスに乗って4回上京。10数社の選考を受けたが、いまだ採用は決まらず。喋りのほうはマンガほど達者ではなく、自己PRがなかなかうまくできない。「正社員になりたいです。将来が恐くてたまらない。安心したい」と悲愴な思いの丈を語る。
雇用の流動性と正社員の解雇
そんなVTRを見て、国谷裕子キャスターは「本当に渡辺さんには頑張ってほしいですね」。励ましてあげたい気持ちを持ったという一方で、こう感想をもらした。「もっと雇用は多様であっていいはず。多様な雇用のある社会を目指してたのではなかったですかね」
たしかに、「非正規」という名の多様性は実現したが、その結果はかえって正社員信仰が強まるばかりのようだ。「正社員への狭き門~世界不況に揺れる就職戦線~」という放送タイトルの仰る通り、正社員はプレシャスでプライスレスな宝物なのである。
なにしろ、ひとたび正社員になれば、法律に守られ、ところによっては組合にも保護され、たとえ無能でも何かに違反しなければ、なんだかんだクビにはなりづらい。そのかたわらでは、ハケンが十把一絡げに、まるで時代劇の斬られ役のようにバッサバッサである。
正社員は優秀で勤勉で、非正規になるのは無能な怠け者だから、ある種当然の報いだ――。あるお偉いさんはそんなことを言ったとか言わないとか。しかし、どうもこのごろは「正社員」が既得権益化してしまったように思えてしかたがない。むろん正社員にも会社が潰れるといったリスクはあるが、それは非正規とて同じことである。
クビにできない正社員雇用は、景気に大きく左右される新卒採用で調整される。学生は、一度きりのチャンスを逃したら一生負け組になる恐怖にとりつかれ、「正社員になること」が目的と化す。なんだか歪で情けない社会の有様ではなかろうか。
雇用の流動化、活性化の点を考えてみるならば、やはりもっと正社員のクビを切るべきだろう。それこそハケン並に斬りやすくしたらいい。少なくとも今よりは公平な社会になるはずだ。
ボンド柳生
* NHKクローズアップ現代(2009年5月19日放送)