仕事の関係上、私はよく連れていかれる場所がある。それは、中高年の癒しの場、スナック。馴染みのママに愚痴を話し、カラオケで演歌やニューミュージックを熱唱する、ストレス発散の夜のオアシス。タバコと酒の匂いが染みついた内装の布地が醸し出す、なんとも言えないあの匂い……私は嫌いではない。
薄暗い中、存在感をアピールする悪趣味な照明と、昭和を感じさせるソファーが、落ち着きとなぜか軽い興奮を与えてくれるスナック。あの独特な雰囲気は日本のオッサン・オバハンの特権だと思っていたのだが、私は今解釈が間違っていたことを感じている。
カフェと言う名のカラオケダンスホール
実は今、湿度70%、気温30度のプチサウナ状態でこのコラムを書いている。エアコンに飼いならされた体は、一旦汗をかきだすと止まらず体が火照ってしょうがない。そう、私は今ベトナムに来ている。
根っからの旅行好きが、会議が一つキャンセルになったことをいいことに発病。会議の合間に航空券を予約し、翌日には蒸せかえすベトナムはホーチミン市に到着した。訪越は今回2度目。10年以上現地で暮らす叔父から話には聞いていたが、ホーチミン市の凄まじい変貌に舌を巻く。8年ほど前の訪越時と同じ都市とは思えない変貌ぶり。名物のバイク洪水は相変わらずだが、タクシーが増えたこと増えたこと! そしてベトナムの代名詞だったシクロは市の一掃政策で、ほとんど姿を消していた。
その変わりに頭角を現しているのが、裕福なベトナム人。彼らは高級車を乗り回し、本物のブランド品で身を固めている。レクサスやベンツがドカドカ走っている様子を見ると、ここはベトナムか? と思ってしまう。あらゆるところで工事が行われており、8年前にはわずかだった高層ビルがあっちにもこっちにもお目見えしている。小路に入ると、屋台が立ち並び、ビニールの小さな椅子で食事をとる人々という、これまでと変わらない光景が繰り広げられているのだが、物価もかなり以前より高くなったという話を聞く。まさに、混沌とした都市の大きなうねり、都市の力をひしひしと感じる。
変貌し続けるホーチミンでも変わらず市民に愛されているもの、それがカフェ。
今回、叔父のベトナム人ビジネスパートナーがコーヒーを飲みに行こうと、ローカルなカフェに連れて行ってくれた。だが、そこはまさしくハイパーローカルなカフェ。40代以上のベトナム人が集まるようなカフェと言う名のカラオケダンスホールだった。
けばけばしい照明に、タバコと酒の匂いが染みついた使い古されたソファー。あれ、ここってスナックと同じ匂いがする!
スナックのようなカフェで、中高年の男女がカラオケで熱唱しているのだ。日本との違いは、カラオケにも関わらずシンセサイザーでアドリブをつけてくれるオッサンがいることだ。さらに、店の中央部分はダンスホールになっていて、他人のカラオケに合わせて、他人が勝手に踊り出す。
スナック雰囲気満載
熱唱のカラオケはベトナミーズポップスのオールディーズ。どこか古賀メロディー的な哀愁が漂う演歌調な曲ばかり。そのベトナム的演歌に合わせて、素人ダンサーがタンゴらしきものを踊る。こちらはコンチネンタルタンゴのなれの果てといった感じか? とてもタンゴとは思えないほどのスローテンポかつのんびりしたダンスを次々に素人が披露していく。
素人カラオケで、歌いだしを間違えたってお構いなし! メロディーラインを大きく超える独創的な歌唱でも一切お構いなし。ただひたすらカラオケのビートでステップを決めている。きっと、みうらじゅんさんがご覧になったら、大喜びするんじゃないだろうか? 決してカッコイイとは言えないショーが繰り広げられているのだ。
日本のオッサン・オバハンたちがスナックで癒しを求めるのに対し、ベトナムのオッサン・オバハンたちも、やはりスナック雰囲気満載のカフェに癒しを求めていた! ちなみに、連れてきてくれた彼〈51歳のオッサン〉もラブソングを熱唱。ベトナムでは店内に置かれたバラの造花にチップを挟んで、ステージ上のカラオケ人に差し出すシステムがある。上手な人になると、造花のバラが次々と渡されるのだ。オッサンたちの熱唱を聞きながら、ボンヤリとバラの造花を見ていると、松坂慶子の「愛の水中花」が頭の中で回ってくる。
ベトナムには鎖国前の江戸時代に日本人が訪れたホイアンという土地があるが、ここにも日本との接点、共通点があったなんて!!
世界はたくさん、人類みな他人。
ただし、好きなものはみんな好きなんだよね~。
それぞれが違う人類でも、共通点は数限りなくあるんだなと、蒸し返すホーチミンで思った夜だった。
モジョっこ