早大大学院スポーツ科学研究科への進学が決まっている、元プロ野球選手の桑田真澄が2009年2月4日、およそ3か月ぶりにブログを更新、現在の胸の内を語っている。
「ようやく試験も終わり、無事に合格することができました」。まずは、20年来の志望校に合格したことを報告した。07年度シーズンに引退しアメリカから帰国、仕事の合間にはコツコツと勉強を重ねていたようだ。
「10月から試験が終わる1月までは、いろんな本を読み、資料に目を通し、レポートの作成にも苦戦したよ。文章を書くということは、やはり大変な作業だね」
そんなわけで、いまは「夢が叶うって本当に感動するよね」と晴れがましい気持ちでいる。生きていて嬉しいことは、感動することだと繰り返す桑田。まして、悲しいことや厳しいこと、辛いことを乗り越えた後なのだから、と。
1985年秋、例のドラフト会議があった。早稲田大学への進学希望を表明していた桑田を、巨人・王貞治監督はドラフト1位で指名した。このとき、巨人とは密約があったとも囁かれ、そして、親友だった清原和博は号泣したのだった。
あれから23年が経った。引退した桑田は「真っ先に、早稲田のキャンパスで勉強したい」と思ったという。今後は、日本野球界のために尽くしたいと考えており、まずは客観的な視点から日本社会を、野球界を研究したいと意気込む。「野球の人気復活、選手の自立と野球界の独立に必要な哲学を身に付けたい」。