元厚生次官宅連続襲撃事件を検証する――との触れ込みではじまった今回の番組。だが、事件の犯人として自首した男の半生や人物像を遠慮仮借無く、根掘り葉掘りして、それを公開する能力では民放ワイドショーなどには及びもつかない。
そして、焦点は事件そのものから、官僚が狙われ、脅迫が過激化しているという「社会現象」へと移るのだ。「霞ヶ関では官僚に対する脅迫が相次いでいる」(国谷裕子キャスター)として、ムーブメント的に括るには少々頼りない、いくつかの事例が紹介された。
匿名からの脱却
いわく、ネット掲示板には、文科省官僚11名の実名、役職を挙げての「殺害予告」が書き込まれた。殺害の日時までも記載していたという。
農水省のある食品行政担当者は、ある日突然に「つまらんことを言うな」と脅迫めいた電話を受けた。相手は自分の名前はもちろん、家族構成、単身赴任で働いてることなども把握。襲撃事件の犯人が逮捕されても、恐怖はぬぐえず、家族はおびえているという。
元文部(科学)省の有力官僚で、かつてはゆとり教育の旗振り役、現在はスポークスマン、そして映画評論家としても知られる寺脇研は、ネット上などで過激な批判に晒されている1人だ。「役人に対して文句があるときに、社会のルールのなかで言えずに暴発してしまう」危険性を痛感している。
そして、なんとあろうことか、卑劣な匿名ネット掲示板ユーザーばかりでなく、良識あるNHK視聴者にも官僚への不満が鬱積していることが明らかになった。今回の事件に関連して、NHKに多く寄せられた意見のなかで、「(襲撃)事件は絶対に許せない」としつつも、年金行政や官僚に対する不満が相次いで寄せられているそうだ。
では、いったいどうしたらよいのか。番組もエンディングに近づいたところで、ゲストのノンフィクション作家、吉岡忍は「匿名からの脱却」を訴えた。官僚の不祥事、行政の失敗などが毎日のように伝えられるなかで、ネット上などで批判するほうは匿名だが、官僚の側も匿名的であり、「顔がない」ことが容疑者を刺激した可能性がある。官僚も政治家のように顔を持ち、言葉を持つ存在になって、国民に説明することが求められているのではないか――。
ボンド柳生
*NHKクローズアップ現代(2008年11月25日放送)