クメール王朝の栄華も今は昔。長く内戦が続いた影響などで荒廃してしまったカンボジア――の人たちを助けようと、世界各国が多くの支援を差し伸べている。なんとカンボジアは「NGO銀座」と呼ばれるほどだ。日本でも、ツアー旅行に井戸掘りが組み込まれるなど、多くのボランティア活動が行われている。ところが、そうした支援によってつくられた「善意の井戸で悲劇」が起きているのだという。「悲劇」とはヒ素中毒である。
アジア地域のヒ素汚染の実態を調べている谷正和・九州大学准教授は「川の水や雨水で暮らせる地域にたくさん井戸をつくる」ような、安易な支援が見受けられると言う。「現場の人たちは善意でやっているが、善意なら何をしてもいいのではない。使える水が地表にあるのに、わざわざヒ素の入った水を地下から掘り出すことはない」
カンボジアで高濃度ヒ素を検出
カンボジア政府の調査では、国内1万7000の井戸のおよそ半数から基準を超えるヒ素を検出。谷准教授がある井戸を実際に調べてみると、WHO基準の280倍という高濃度のヒ素が検出された。なお、政府によって使用中止にされた井戸には、日本のテレビ局が大々的なキャンペーンで集めた寄付で掘った井戸も含まれるそうだ。どこの局か気になるが、少なくともNHKではなさそうだ。
現在判明している井戸水のヒ素中毒患者は311人。しかし、調査が十分ではなく、実態はまだ不明だ。番組はヒ素中毒に見舞われたある村を訪れた。井戸水汚染が原因と疑われるヒ素中毒で、深刻な皮膚の炎症を起こしたり、癌に進行して、歩けなくなったり、寝たきりになった住民の姿をカメラは捉える。
井戸掘りの数を優先した善意のなかで、「井戸水質調査がおざなりになった」(NHK記者)状況があると見られている。水質調査をしないでつくるケースもままあり、下痢やコレラなどはチェックしたが、ヒ素は念頭になかった、と話す団体もあったという。
井戸ができれば、住民はきれいな水が使えると喜び、感謝する。それを見るのはボランティアの醍醐味かもしれないが、必要性や水質、メンテナンス面を無視してただ井戸を掘るのならば、無責任な善意のばらまきとの謗りは免れないだろう。
ボンド柳生
*NHKクローズアップ現代(2008年10月28日放送)