「統制のとれた規律正しい行動が、当然のこととして求められているのが自衛隊です」。ソフトな物腰に包んではいるが、芯は規律の人なんだろうなあといつも思わずにはいられない国谷裕子キャスターが毅然として言う。「ところが海上自衛隊では、事故や不祥事が多発していまして――」。このくだりにかかると、心なしか憎々しげな口調に聞こえてしまう。
「突出して任務増」
今年(2008年)2月に護衛艦あたごが漁船と衝突し、漁船が沈没。乗員2人が行方不明になった事故をはじめ、大麻所持に、護衛艦内での火災事故(修復費として税金60億円)、隊員が自艦に放火などなど、日本相撲協会とがっぷり四つといったところである。
海上自衛隊もこうした失態を重く受け止めており、「抜本的改革委員会」なる身内の組織を設置。そこがまとめた内部文書をNHKは独自に入手したそうだ。いかにも誰かに読んでもらうために書いたとしか思えない「日記」というのがよくあるが、あるいは、この「内部文書」もその類だったのかもしれない。とにかく、その文書及び、現場隊員らへの取材によって、海上自衛隊の実態が明らかになったのである。
まず何より、海上自衛隊はやたらと任務を増やされているという。インド洋への派遣に代表される対テロ活動、国際協力。領海侵犯などの水際防衛など、「陸海空のなかで、突出して任務が増えている」とNHK記者。
新たな任務に対応するには、準備、訓練など膨大な労力がかかり、最新の設備も導入するなどカネもかかる。イージス艦だ、補給艦だ、ミサイル迎撃システム。その代りに犠牲になっているのが隊員の人材教育、育成なのだそうだ。古い老朽化した機材、設備で訓練して、不十分な教育のまま、隊員を現場に出さざるを得ない。
「厳しい指導」上司がためらう傾向
現場の声を聞いてみよう。「任務が多様化し、隊員の心も体も疲れ切ってるなかで、すぐに退官する若年隊員がたくさんいます」。この20代の艦艇乗組員は、出航続きで、月に4日しか帰宅できないこともあったという。
任務の厳しさなどの理由から、いま海上自衛隊は「陸海空でもっとも人が集まりにくい」(NHK記者)のだという。人手不足で残った人の負担が重くなる悪循環に陥ってると隊員は言う。
「機械のメンテナンスしか考えてない。まず人間のメンテナンスをもうちょっとしっかりした方がいいんじゃないか」(中堅隊員)
こうして、海上自衛隊は蟹工船さながらの非人間的職場になってしまってる(と内部では認識されてる)ことが明らかになった。ただし、蟹工船とは大きな違いもある。若い隊員に辞められては困るので、上司が厳しい指導をためらう傾向があるらしいのだという。それがまた不祥事、事故の遠因ではないかというわけで、じつに皮肉かつ深刻な現状ではあるようだ。
ボンド柳生
*NHKクローズアップ現代(2008年9月30日放送)