このコラムで何回も触れた秀作「犯人に告ぐ」がようやく公開される。WOWOW FILMSの立ち上げ第1回作品である。9月30日付けのコラムでも書いたように、2011年の地デジ全面移行を迎えると、TV局はコンテンツ勝負になる。邦画に全く橋頭堡を持たないWOWOWとしては、遅ればせながらアメリカのHBOスタイルのTV放映と劇場公開を念頭に置いた映画製作子会社を創設した。最初の作品ということで、力とお金が掛かっており、優れた見応えのある映画になっている。
(C)2007「犯人に告ぐ」製作委員会
雫井脩介原作の「犯人に告ぐ」。小説は息もつかせぬストーリーの追い込みで一気に読み終わるほど出来が良い。脚色を担当したのは福田靖。「海猿」シリーズ、「HERO」などは稚拙で噴飯ものだが、今回の脚色は良く出来ている。原作を適切に省略し、一人の人物に数人のキャラクターを併せ、ストーリーのエッセンスを際立たせる。
主人公は、幼児誘拐事件で捜査に失敗したトラウマを持つ巻島警視(豊川悦司)。山間の警察署に左遷されるが、6年後、連続児童殺人事件の捜査責任者として神奈川県警本部に呼び出される。TVを利用して犯人に直接呼びかける「劇場型捜査」という新手法に挑むためだ。巻島のキャラクターを原作より更に挑戦的にし、学生時代に振られた女に言い寄るために捜査を利用する上司の植草(小澤征悦)をもっとあくどくしている。巻島はノンキャリアの叩き上げ警視だが、植草は東大卒のキャリアで父親が前警視総監という毛並みを誇る年若の上司。極端な設定で善悪を際立たせる見事な手法だ。
監督は瀧本智行。デビュー作、富士山樹海の自殺に絡めた「樹の海」は余り感心しなかったが、2作目はクリーンヒットだ。やはり降旗康男や高橋伴明など大監督に付いて苦労しただけ、映画作りは確かだ。TVディレクター上がりのポット出とは訳が違う。主役の巻島警視の豊川悦司が良い。「丹下左膳」だの「愛の流刑地」だのアホ臭い役柄をこなして来て、初めて彼らしいキャラに出会った。トラウマを内に秘め、周囲の重圧に耐え犯人を追い詰める執念を見事に演じている。
石橋凌も悪役ばかりだが、県警本部長役で、巻島を庇うのか蹴落とすのかとらえどころのないタヌキ親父的な役柄を上手く演じる。脚本で、原作以上に目立つように書かれた定年間際の津田巡査部長の笹野高史も、陰に日向に、向かい風に立つ巻島を支える役をいつものように飄々と演じる。ライバル植草の小澤征悦もエリートの味を出す。崔洋一、井川遥、石橋蓮司、松田美由紀、片岡礼子と芸達者の役者陣。この秋見逃せない一本だ。