大林宣彦監督には昔CM監督として付き合って貰った。コーヒーのCMでLAに渡り、カーク・ダグラスが懐かしの映画の主人公になったのもその一つ。MGMスタジオにセットを組んで、「風と共に去りぬ」のように真っ赤な絨毯の階段を降りて来て美女にキスをする。大林の映画の薀蓄はナミじゃない。別のシーンでこの役はL・Q・ジョーンズを使いたい、この爺様役にはスリム・ピケンズをつけてくれ。プロデューサー役の筆者は脇専門の彼らの顔は知っているが、名前までは知らずキリキリ舞いをした。
(c)2007『転校生』製作委員会
大林はL・Qを捕まえて、ここは「ワイルド・バンチ」のあの芝居、こっちは「砂漠の流れもの」のアレで行こうと、過去の映画を引用しての演技指導。良く映画を見ているし細部に至るまで知悉している。監督は76年を最後にCM界から去った。「ハウス」で映画監督としてデビューしたからだ。それから多作、既に40本を越える映画を世に出している。
大林の映画は、しかし彼の善良な人柄を反映して「毒」が無い。人間性善説を信じている人で、穏やかで平和な人物が主人公だ。暴力やセックスは描かず空想や幻影のSFが好きだ。不思議な瞬間に男の子と女の子が入れ替わる「転校生」などは典型的大林映画だ。
この作品は尾道を舞台に四半世紀前、82年に初々しい尾身としのりと小林聡美の主演でヒットした。瀬戸内海を見下ろす丘陵に、細い坂道が家並みを縫い曲がりくねって登っている。今回は海の無い内陸部の長野市が舞台。善光寺周辺の山里に主人公たちの住居や学校がある。斉藤一夫(森田直幸)は両親の離婚で尾道から母(清水美沙)に連れられてその故郷長野市に戻って来る。転校した善光寺北中学校には幼馴染の一美(蓮佛美紗子)がいる。一美には山本君(厚木拓郎)というボーイフレンドがいて彼女の幻想に溺れる癖を心配している。一美の家は善光寺前の蕎麦屋。一夫を家に呼び、昔話に花が咲く。その中で二人の思い出の場所であり、蕎麦もそこの水を使っている「さびしらの水場」へ行く。その水場に誤って落ち、二人の身体が入れ替わる。
主役の二人は共に16歳。可愛らしい顔をした蓮佛美紗子が演ずる、肉体が一美で心が一夫。足を開いて座ったり、乱暴な言葉使いをする違和感が可笑しい。逆に肉体が一夫で心が一美の森田直幸は、なよなよした女言葉で「勝手に裸になってアタシの身体見ないでよ」なんて頼み込むシーンは笑える。善光寺の境内、仲見世、老舗の蕎麦屋、門前町……戦災にも遭わず古い軒並みが残る長野市を見るだけでも楽しい映画だ。
監督:大林宣彦
出演:漣佛美紗子 / 森田直幸 / 清水美砂
公式サイト:http://www.tenkousei.net/top.html