「殯(もがり)の森」は第60回カンヌ国際映画祭で第二席のグランプリを獲得した。監督の河瀬直美は、賞を貰うことで自分の考えが世界に発信できることが嬉しい、と手放しで喜ぶ。この作品はフランス側が半分以上の製作費を負担し、公開はフランスで既に70館も決まっている。だが日本では10館に過ぎないと河瀬監督(その後増えたが)。
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W・アレン監督に「さよなら、さよならハリウッド」がある。昔オスカーを取ったが売れない監督に久しぶりの依頼。撮影に入るが突然の事故で目が見えなくなる。カメラマンは中国人。言葉は通じない、目は見えない。撮った作品は当然のことながら批評はメタメタ、全米での興行成績も酷い。そこに朗報、何とフランスで大ヒット、賞まで貰ってしまう。つまりフランスで受け入れられる作品は不条理で退屈で、アメリカでは、そして日本では当らないということだ。
グランプリを受賞したが、河瀬直美監督のこの作品は面白くは無いし、エンターテインメント要素は皆無。退屈そのものだ。インタビューで監督自身も「私が映画好きでも、学生の頃なら自分のこの作品は見に行きません。私の作品は、TV局が作る特番の映画化やコミック原作の作品と違い、文学で言えば純文学です」と言い切る。
だがその映像は美しい。故郷の奈良市の郊外の山里が舞台だ。山あいに流れる霧、緑の小さなドームが縦列に並ぶ茶畑、稲穂を揺らす風、安倍首相の言う「美しい国、日本」だ。そんな風景をバックに物語は始まる。子供を亡くしたばかりの介護施設の女性職員真千子(尾野真千子)が、妻と死別した認知症の老人しげき(うだしげき)に付き添い、亡き妻の墓参に行く途中で深い森に迷い込む。それだけのストーリーだ。認知症の老人と子供を亡くしたばかりの若い介護の女性がどのように関係し心を通わせ、この社会を生きて行くか。最初にボケ老人を見て汚いと思うが、最後には彼の気持ちを理解するようになり、彼の立場で物を考える。心の拠りどころを無くした人の気持ちを理解すれば人に優しくなれる、と監督は語る。
純文学と言えども観客への娯楽とかインパクトのある映像は入らないだろうか?例えばしげきが木から落ちる、水かさの増えた川で溺れかける、真千子運転の車が溝に突っ込む、こんなシーンは皆リアルに撮らず事後シーンだけだ。一番の観客サービスになるのは、濡れて寒く震えるしげきの老醜の身体を真千子が全裸の白い豊潤な身体で覆ってやる場面だろう。暗闇でモソモソ動いている真千子の裸が薄っすらと見えるだけ。河瀬監督はショッキングな映像は不得意かと思っていたら、ドキュメンタリー「垂乳女」の中で自身の出産場面、局部から出て来る赤ちゃんをしっかり撮っている。
監督は97年のカンヌで、初の劇映画「萌の朱雀」がカメラドールを受賞。それから10年、この受賞まで、結婚、離婚、92歳の義祖母の介護、そして再婚、出産、子育てを経験した。グランプリ受賞を更なるスタートとして自分の「純文学の映画」を次々と送り出してくれるだろう。ただもう少し観客サービスも忘れないで欲しい。
2007年日本映画、組画配給、1時間37分、2007年6月23日より渋谷シネマ・アンジェリカ、千葉劇場で公開、以降全国で順次公開
監督・脚本:河瀬直美
出演:うだしげき / 尾野真千子
公式サイト:http://www.mogarinomori.com/