人は何のために働くのだろうか。私がNHKの『プロフェッショナル』を見る理由の一つが、その答えを探ることだ。今回の放送では、その答えのヒントが見えたような気がする。
りんごが実らず、キャバレーの呼び込み
2006年11月30日の『プロフェッショナル 仕事の流儀』は、弘前のりんご農家・木村秋則(敬称略)の話だった。
木村は化学肥料や農薬を徹底的に排除した“自然農法”によってりんごを栽培している。そのりんごは不思議と腐らないりんごとして人気を集めている。そんな“奇跡のりんご”を生み出すため、彼の仕事には数多くのこだわりがある。こだわりの一つとして、防虫剤代わりに使われる酢の散布方法が紹介されていた。大型の機械を使わずに、丁寧に手作業で散布する。機械が土壌を踏み固めるのを防ぐためだという。
番組の中で私が驚いたのは、自然農法を取り入れた最初の8年間は全く収穫できなかったということだ。8年という期間はあまりにも長い。普通の人なら投げ出してしまう長さである。収穫がなければ、金も入ってこない。木村は生活費を稼ぐため、夜の街でキャバレーの呼び込みのバイトをした。飢えを凌ぐため、雑草を食べたこともあった。ついには死を決意し、命を絶つために森の中に入ったほどだ。
ところが、その森で偶然にも豊かな“土”と出会い、「この土を自分の畑で再現すればいい!」と気づく。そしてとうとう木村の苦労は結ばれ、りんごが実ったのである。
化学肥料や農薬に頼り、機械を使っていれば、こんな苦労もしないで済んだはずだ。しかし彼は目の前の利益を犠牲にしてまでも自然農法にこだわり続けた。当時、周囲からはさぞ異様に映っていたことだろう。
「バカになる」とは?
人は金や名誉のような見返りを求めて働くのだ、と聞いたことがある。たしかにその通りだと思っていたのだが、木村の場合は当てはまらないのではないか。番組の中で、木村は言った。
「バカになればいい」
この言葉が頭の中から離れない。バカになる…いまいちどういう意味なのか、私にはよく分からない。りんごのためなら全てを引き換えにしても痛くない、それほどりんごを愛している、という意味か。
私も大学受験のときは寝食を忘れて勉強に打ち込んだし、今も好きなカメラで写真を撮っているときは自分の世界に没頭できる。しかし、木村のいう「バカになる」とは、受験勉強とも、趣味の世界に生きることともどこか違っているように思える。
インタビューに答えるとき、顔をくしゃくしゃにして笑う木村の笑顔が印象的だった。その笑顔が“自分の信念に忠実に生きている人間の顔”に見えたのは、私だけだろうか。