記憶に残りやすい写真を見ると瞳がちょっと開く

記憶に残りやすい写真を見ると瞳がちょっと開く2025年2月14日
新潟大学

 一度見ただけでも記憶に残る写真と、すぐ忘れてしまう写真があるのはなぜなのでしょうか。新潟大学人文学部の新美亮輔准教授(認知心理学)は、風景や物体などのさまざまな写真を見ているときの目の瞳孔の大きさを調べました。すると、写真ごとの明るさの違いなどの影響を考慮してもなお、記憶に残りやすい写真を見ている時にはそうでない写真に比べて瞳孔が少し大きくなっていました。瞳孔の大きさは、明るさに応じて変わるだけでなく、脳の中の認知的活動の状態も無意識に反映するとされています。記憶に残りやすい写真とそうでない写真は、見たときに脳の中で起こる認知的活動に違いがあり、しかもそれが瞳孔の大きさの変化に現れることがわかりました。

 

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102154/202502144215/_prw_OT1fl_nPEOp0RY.png

 

Ⅰ.研究の背景

 人間は数や言葉のような情報だけでなく、写真や絵のような視覚的情報も覚えることができます。しかも人間は、視覚的情報の記憶が得意です。たとえば数百枚の写真を1秒ずつ見るだけでも、あとで同じ写真を見たとき、前に見たものだとかなり正確に記憶しています。しかし、このような人間の視覚的な記憶のしくみは、数や言葉の記憶に比べると研究が進んでいません。

 写真の記憶のしくみを知るヒントになりそうなのが、写真によって記憶しやすさ(memorability)にかなり違いがあることです。では、どんな特徴を持つ写真が記憶に残りやすいのでしょうか。明るい写真やきれいな写真が記憶に残りやすそうな気もしますが、そのような単純な関係はないことがわかっています。人が映っている写真はそうでない写真よりいくらか記憶されやすい、といった傾向はありますが、人が映っていなくても記憶されやすい写真も多く、写真の記憶しやすさを部分的にしか説明できません。写真の記憶しやすさは、写真の内容のさまざまな側面が組み合わさって決まる、複雑な性質のようです。これは直感的にはわかりにくい性質のようで、実際、人間が写真を見てそれがどれくらい記憶に残りやすそうか推測しても、あまり当てることができません。

 

 

【なぜ瞳孔を調べたのか】

 では、記憶に残りやすい写真を見たとき、脳の中では何が起こっているのでしょうか。これはまだよくわかっていません。そこで本研究では、目の瞳孔を調べることにしました。なぜ瞳孔?と思われたかもしれません。瞳孔について、少し説明します。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502144215-O7-Nhv8d3Rp

図1

 

 瞳孔(図1)は、目の奥に光を取り入れる穴で、目の表面の透明な部分(角膜)の内側に位置します。瞳孔の大きさは、自律神経が虹彩を伸び縮みさせることで調整されており、通常は2~8 mm程度です。基本的に自分の意思では変えられず、(鏡などで確認しない限り)意識することもできません。明るい場所では瞳孔が小さくなり、目に入る光の量が減るので、まぶしくなくものを見ることができます。このような調整も無意識に行われています。

 実は、瞳孔の大きさは精神的活動によっても変化することが知られています。たとえば、驚いたり、怖い写真を見たりして感情が引き起こされると、瞳孔が少し大きくなります(注1)。感情以外にも認知、特に記憶とも関係があります。たとえば、簡単な記憶をしているとき(3桁の数を忘れないように覚えているとき)に比べて、がんばって記憶しているとき(7桁の数を覚えているとき)は、やはり瞳孔が少し大きくなります。おおざっぱに言えば、心理的・認知的活動が高まると瞳孔が少し大きくなる傾向があります。このような瞳孔の大きさの変化は、人間の心理的・認知的活動が身体に現れる生理的現象のひとつと言えます。

 もし記憶しやすい写真を見ているときと記憶しにくい写真を見ているときで瞳孔の大きさに違いがあれば、脳の中で起こっている認知的活動に違いがあることの証拠と言えるでしょう。そういうわけで、実験参加者が写真を見ているときや写真を記憶しているときの瞳孔の大きさの変化を測定し、写真の記憶しやすさと関連があるかを調べることにしました。

 

Ⅱ.研究の概要

 記憶しやすい写真や記憶しにくい写真 をパソコン画面に2.5秒ずつ表示し、35~36人の実験参加者 に見てもらいました。そのときの瞳孔の大きさを、瞳の映像の解析により測定しました。

 まず、実際の人間の記憶成績にもとづいて記憶しやすさが数値化された写真のデータベースから、記憶しやすい写真と記憶しにくい写真を数百枚選出しました(注2)。瞳孔の大きさは、明るさや(明るいものを見ると瞳孔が縮む)感情的内容(恐怖など感情を引き起こす内容の写真を見ると瞳孔が開きやすい)によっても変わります。もし、記憶しやすい写真と記憶しにくい写真で明るさや感情的内容に違いがあると、瞳孔の大きさが何によって変化したのかわからなくなってしまいます。そのため、感情的内容を含む写真を取り除いたり、明るさを調整したりして、記憶しやすい写真と記憶しにくい写真で差がないようにしました。このほかにも、明るさなどの影響を取り除く実験的・統計的手法を用いました。

 実験は3種類ありました。写真を覚えてもらう実験(記銘)では、画面に次々と表示される写真を見て、覚えてもらいました。次に、記憶テストの実験(再認)では、記銘実験で覚えてもらった写真とそうでない写真がランダムな順序で表示され、1枚ずつ、覚えた写真かそうでないかを2択で答えてもらいました(ちなみに、記憶しやすい写真は記憶しにくい写真よりも実際によく記憶されていました)。さらに、覚える必要はなくただ自由に写真を見てもらう実験(受動視)も行いました。これらの実験中に記憶しやすい写真を見ているときと記憶しにくい写真を見ているときの瞳孔の大きさを比較しました。

 

Ⅲ .研究の成果

 写真の明るさや感情的内容の影響を除外すると、記憶しやすい写真を見ている時の方が、瞳孔が少し大きくなっていました(注3)。この現象は3種類つの実験すべてで見られました。特に、初めて見る写真を、記憶する必要はなく自由に見ているだけという、記憶と全く関係のない状況でもこの現象が見られた(図2)ことは興味深い結果でした。そもそも写真の内容を知覚・認知する段階で、記憶しやすい写真と記憶しにくい写真には違いがあると考えられます。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502144215-O8-9jB1EJ9T

図2

 

 この現象が起こるしくみは、現時点でははっきりとはわかりませんが、次のように推測しています。瞳孔が大きくなること自体が写真を記憶しやすくしたとは考えにくく、瞳孔の変化は記憶の原因ではなく結果だと思われます。従って、 覚えやすい写真を見ることで起こる認知的処理の副産物として瞳孔が大きくなったと考えられます。記憶しやすい写真は、脳の中で深く詳細な情報処理を自動的に引き起こし、それが認知的活動の高まりとして瞳孔に現れたのかもしれません。

 まとめると、本研究成果は、記憶しやすい写真と記憶しにくい写真が脳の中で異なった認知的処理を受けていることを示す生理的証拠と言えるでしょう。また、人間の視覚的記憶のしくみを調べるために瞳孔の計測が有用であることも明らかになりました。

 

Ⅳ.今後の展開

 本研究を通して、瞳孔の計測によって写真の記憶を研究できることがわかりました。瞳孔は、脳の神経活動に比べれば簡便に計測できることが特長です。今後、瞳孔に着目した新しい研究が進むことが期待できます。何年もずっと忘れていた写真を再び見たとき、瞬時に「これ、見たことある!」と感じることは、誰しも経験があるのではないかと思います。あの不思議な感覚がどのように生まれるのか、少しずつ解明されてゆくかもしれません。

 さらに近年、瞳孔の大きさの変化を分析することで記憶に限らず注意の状態など人間のさまざまな心理的・認知的状態を推定する技術の開発が試みられています。本研究は記憶についての基礎研究であり、直ちに応用・実用化されることを意図したものではありません。しかし、もし将来的に瞳孔の計測を用いたセンサーやインターフェースの開発が進んだら、本研究成果も活用されることがあるかもしれません。

 

Ⅴ.研究成果の公表

 本研究成果は、2025年2月10日、科学誌「Psychophysiology」(サイコフィジオロジー)に掲載されました。

【論文タイトル】Pupillary responses reflect image memorability

【著者】Ryosuke Niimi

【doi】 10.1111/psyp.70007

 

Ⅵ.謝辞

 本研究は、日本学術振興会科研費(21K03126)の助成を受けて行われました。

 

【補注】

(注1)好きなものを見ると瞳が開く、という話を聞いたことがある方もいらっしゃるかも知れません。これは1960年代の研究で報告されたことですが、その後の研究により、必ずしも正しくないことがわかっています。確かに、好きなもの・興味のあるものを見ると瞳孔が大きくなることもあるのですが、恐怖感や嫌悪感を引き起こすものを見たときも瞳孔が大きくなります。瞳孔の大きさに影響しているのは、好き嫌いというより、覚醒度(arousal)の違いだと現在では考えられています。覚醒度とは、生理的・心理的な活動状態の高さのことで、たとえば緊張したり、驚いたり、注意を集中したりしている状態を「覚醒度が高い」と言います。逆に、リラックスしたり、ぼーっとしたりしている状態を「覚醒度が低い」と言います。好き・嫌いのどちらでも、強い感情が起こっている状態は覚醒度が高いと言えます。覚醒度による瞳孔の大きさの変化の原因は、青斑核(せいはんかく)という脳の部位の神経活動の変化だと考えられています。

(注2)記憶しやすい写真には、物体の写真や、構図や物の配置が印象的な写真が多い傾向があり、記憶しにくい写真には、山や海の風景、家の中や街などの日常的な場所、植物の写真が多い傾向がありました(いずれも例外があります)。なお、今回の研究では人物が主要な被写体である写真や、明確に読める文字・ロゴが写っている写真も除外しています。写真はKhoslaたちの2015年の研究 のデータベースから選出しました。

(注3)図2からもわかるように、記憶しやすい写真を見ている時と記憶しにくい写真を見ている時の瞳孔の大きさの差は、平均で0.1 mmを下回る、小さなものでした。しかも、瞳孔の大きさは明るさによってもっと大きく変化します。そのため、誰かの瞳を肉眼で観察しても、覚えやすい写真を見ているか覚えにくい写真を見ているかを判断するのは残念ながら不可能でしょう。本研究では、さまざまな条件を整え、専用の測定機器を用いることで、この現象を発見できました。

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