機械学習を活用したナノセルロースの新評価技術を開発

機械学習を活用したナノセルロースの新評価技術を開発沈降データから比表面積値を予測、品質管理や物性予測への応用が期待

ポイント
・ ナノセルロースの形状情報を反映する比表面積を高精度に予測するモデルを開発
・ 沈降挙動をヒートマップ画像に変換し、深層学習による解析技術を構築
・ 予測した比表面積値を用いてポリプロピレン/ナノセルロース複合材料の物性予測に成功

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概 要 
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)機能化学研究部門 榊原圭太 研究グループ長、中山超 研究員、熊谷明夫 主任研究員は、機械学習技術を用いてナノセルロースの沈降測定から比表面積を予測することに成功しました。ナノセルロースはカーボンニュートラルなバイオマスから得られるため、環境に優しい材料としての潜在能力が高く、サーキュラーエコノミーの実現に寄与することが期待されます。ナノセルロースの繊維幅、長さ、比表面積などの形状に由来する特性は、水分散液や複合材料の補強繊維としたときの物性や品質を決定する重要なパラメーターです。従来の技術では、これらの評価に顕微鏡観察やガス吸着法が用いられていましたが、前処理や測定には多大な時間と手間を要していました(約10日間)。一方で、ナノセルロースが水分散体中で徐々に沈降する挙動には、形状に関する情報が含まれているにもかかわらず、その情報を効果的に取り出す方法は存在していませんでした。今回、沈降挙動と比表面積を機械学習によって関連付けることで、簡便かつ短時間(約1日)で形状に由来する情報を得ることができる予測技術の開発に成功しました。ナノセルロースの形状の違いを簡便に評価できるようになるため、本技術は品質管理に使えます。さらに、ナノセルロースを利用した製品の物性と比表面積の相関関係から、ポリプロピレン/ナノセルロース複合材料の物性予測にも使えます。以上により、本技術はナノセルロースの産業界全体での活用が広がることが期待できます。

なお、この技術の詳細は、2025年2月4日に「Carbohydrate Polymer Technologies and Applications」にオンライン掲載されました。

下線部は【用語解説】参照

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250213/pr20250213.html )をご覧ください。

 
開発の社会的背景
植物バイオマス繊維(木材や草など)を解繊して得られる天然由来セルロースナノファイバー “ナノセルロース”は、資源循環と経済成長の両立を目指すサーキュラーエコノミーにおいて、近年ますます重要な役割を果たしています。ナノセルロースは、石油由来資源に代わる持続可能な素材として注目されており、カーボンニュートラルの推進や環境負荷の低減にも大きく貢献できると期待されます。また、軽量・高強度といった性質をもつことから、プラスチックの代替素材や軽量化材料として、自動車部品、包装材、スポーツ用品など多岐にわたる分野での活用が進んでいます。

しかし、ナノセルロースの社会実装を進める上での課題の一つに、原料や解繊度合いの違いにより生じる繊維形状(繊維幅、繊維長さ、枝分かれなど)のばらつきを把握することの難しさがあります。繊維形状はナノセルロースの物性に影響を与えるため、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡を用いた繊維の幅や長さの評価、乾燥体のガス吸着測定による比表面積の測定が行われてきました。しかし、これらの方法は時間と労力を要するため、効率化が課題となっています。ナノセルロースの形状の迅速かつ簡便、高精度な評価が可能となれば、ナノセルロースの製造現場や利用現場における品質管理に役立ちます。また、現場での評価を通じて、出口のニーズに応じたナノセルロースを提供できるようになります。

研究の経緯
産総研では、これまで、ナノセルロースの社会実装を促進する基盤技術の研究開発に取り組んできました。企業との連携を通じて、日用品、高発色材、食品などの分野において事例を積み重ね、さまざまな波及効果を見据えた社会実装や市場開拓を進めています。その過程で、ナノセルロースの沈降挙動は解繊度合いに依存する傾向があることを確認しましたが、沈降挙動から定量的な比表面積値を導くことは困難でした。そこで、多様な種類や解繊度合いのナノセルロースの沈降挙動と比表面積データを用いた機械学習モデルの構築に取り組みました。

なお、この開発の一部は、独立行政法人日本学術振興会 科研費 若手研究(JP23K13785、2023年度〜2025年度)による支援を受けて行ったものです。

研究の内容
ナノセルロースの沈降挙動は、水分散液を入れたガラスボトルに光を当て、その透過光を評価する液中安定性評価装置を用いて測定しました。解繊度合いの異なる140以上のサンプルから沈降データを取得し、そのデータを沈降速度といった特徴量や沈降ヒートマップ画像に変換して、機械学習に適したデータ形式にしました(図1)。ヒートマップ上では、時間の経過に伴って光透過率の高い赤色の領域が広がっています。これは、ナノセルロースが沈降し、光透過率が増加していく様子を示しています。また、学習に用いるナノセルロースの比表面積値は、別途ガス吸着測定により評価しました。

得られた沈降データと比表面積データを基に機械学習モデルを構築、沈降ヒートマップに畳み込みニューラルネットワーク(CNN)による深層学習を適用することで、予測精度の指標である決定係数(R²)が0.94という高い精度を実現しました。CNNでは、未解繊繊維を多く含む低比表面積のナノセルロースと、微細ナノファイバーを多く含む高比表面積のナノセルロースを混ぜたサンプルを学習に用いたため、繊維形状のばらつきが大きなナノセルロースから解を求めることが可能になりました。また、沈降速度と計算コストの低い条件分岐による非線形予測を組み合わせたモデルでも、R²=0.79の予測精度を達成しました。

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さらに、深層学習モデルが沈降ヒートマップのどの部分に注目しているかをGrad-CAMで解析したところ、堆積部と上澄みの界面に焦点を当てていることが分かりました(図2)。人間が評価する手法では光透過率の変化が大きい、沈降が進行している上澄み部分に着目していましたが、機械学習モデルでは光透過率の変化が少ない部分に注目していることが明らかになりました。この結果は、堆積部と上澄みの界面にナノセルロースの形態に関する重要な情報が含まれている可能性を示唆しています。

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沈降データから本機械学習モデルで予測した比表面積値は、ポリプロピレン/ナノセルロール複合材料の物性予測にも使えることが分かりました。前報では、ナノセルロースの比表面積データと化学構造に関するデータから、そのポリプロピレン複合材料の衝撃エネルギー値を予測しました*注。今回、機械学習モデルにより予測した比表面積値を使ったところ、良好な精度で樹脂複合材料の衝撃エネルギー値を予測できました(図3)。さらに、ガス吸着測定で算出した比表面積値よりも、沈降データから予測した比表面積値を用いた方が、衝撃エネルギー値の予測精度が高いことも明らかにしました。衝撃強さは、材料に衝撃が加わった際のねばり強さや脆さを示す指標で、衝撃に対する耐久性が求められる製品に欠かせない強度です。衝撃強さを調べるには、破壊を伴う試験を行う必要があるため、本法により、複合材料開発における最適化工程の試行錯誤を軽減できます。

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新しい比表面積予測手法は、従来の方法よりも迅速に材料特性を評価できるため、製品開発のスピードが向上し、市場投入までの時間短縮が期待できます。また、多くのバッチの品質管理に利用することで、より正確な安全性の評価が可能となります。

今後の予定
今回開発した分析技術を普及させるために、「なのセルロース工房」を代表とする企業連携に活用し、ナノセルロースの社会実装の加速に貢献したいと考えています。さらに、今後は、AI技術を活用して、ナノセルロースの耐久性や長期安定性など、実用化に必要なさまざまな特性を迅速に予測できるシステムの開発を目指します。

論文情報
掲載誌:Carbohydrate Polymer Technologies and Applications
論文タイトル:Machine Learning-Assisted Sedimentation Analysis of Cellulose Nanofibers to Predict the Specific Surface Area
著者:Koyuru Nakayama, Akio Kumagai, Keita Sakakibara
DOI:10.1016/j.carpta.2025.100697

用語解説
ナノセルロース
ナノセルロース(セルロースナノファイバーとも呼ばれます)は、木材や草などの植物バイオマス繊維や製紙用パルプなどを原料に、幅が3 nm以上、長さが数百から数十ナノメートルほどの高アスペクト比な形状のナノファイバーです。製造方法には、ディスクミルや高圧ホモジナイザーなどの解繊装置を用いた機械解繊法と、TEMPO触媒酸化などの前処理を経る化学解繊法の二つに大別されますが、本発表では機械解繊法により得られたナノセルロースを対象にし、解繊回数を増やすことで繊維形状のばらつきを小さくしています。ナノセルロースは、セルロース分子鎖の強固な結晶に由来して高強度、高弾性といった優れた力学物性を有し、軽量(比重=約1.5 g/cm3)、低熱膨張性、生分解性、再生可能資源などの特徴があるため、材料の軽量化や脱石油資源・CO2削減が期待できます。

解繊度合い
バイオマス原料は機械解繊処理を繰り返すことで、徐々に均一なナノファイバーになります。解繊度合いは、段階的に解繊されたナノファイバーの解きほぐれ度合いを示す指標です。ナノセルロースの解繊度合いは機械解繊処理回数と密接に関係しています。

比表面積
単位質量(単位:g)あたりの表面積(単位:㎡)です(単位:㎡/g)。一般的に解繊が進んだ微細なナノファイバーほど比表面積が大きくなる傾向にあります。

液中安定性評価装置
上下に可動する光源と検出器を備えた分析装置で、サンプルの高さ方向の光透過率を網羅的に測定することができ、任意の時間間隔で経時的に光透過率を追跡することもできるため、分散液の沈降挙動を評価・解析することに適しています。

特徴量
機械学習において対象となるデータの特徴を表す値です。特徴量は、測定生データを数値やカテゴリ、画像などの形式で表現し、機械学習モデルがパターンを見つけたり、正確な予測を行ったりするための基礎になります。

ヒートマップ
データを色として視覚的に表現し、2次元の画像として表示する手法です。機械学習に活用しやすいデータ形式です。

決定係数
回帰分析において予測モデルの精度を評価する指標で、予測されたデータがどれほど実測値に適合しているかを表します。R2と記載されます。R2は0から1の間で表され、1 に近いほどモデルの精度が高いといえます。

Grad-CAM
Grad-CAM(Gradient-weighted Class Activation Mapping)は、深層学習モデルにおいて、モデルが特定の予測を行う際にどの部分に注目しているかを可視化する技術です。これにより、モデルがどの領域に重点を置いているかを理解でき、モデルの解釈性を高めることができます。

なのセルロース工房
産総研機能化学研究部門における、産総研と共同研究契約や技術コンサルティング契約を通じて連携している企業等参画機関のナノセルロース実用化を加速させる取り組みです。講演会や意見交換会などを通じて、参画機関同士で悩みの共有、技術の補完などのマッチングに貢献します。

参考文献
*注 Koyuru Nakayama, Keita Sakakibara, “Machine learning strategy to improve impact strength for PP/cellulose composites via selection of biomass fillers”, Science and Technology of Advanced Materials, 2024, 25(1), 2351356

 
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250213/pr20250213.html

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