機械学習と分子シミュレーションを融合した 高分子材料自動設計ツールSPACIERの開発
記事配信日:
2025/01/29 14:28 提供元:共同通信PRワイヤー
―高性能光学用高分子の発見―
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M108437/202501293518/_prw_OT1fl_rtnpT5g1.png】
研究概要
総合研究大学院大学 南條舜 大学院生、JSR株式会社 Arifin 研究員、東京科学大学 早川晃鏡教授および統計数理研究所 吉田亮 教授らの研究グループは機械学習と分子シミュレーションを融合した高分子材料設計ツールSPACIERを開発しました。さらに、実証実験として、屈折率・アッベ数の経験的な限界値を越える光学用高分子の合成に成功しました。
現在、さまざまな系を対象に材料を設計する機械学習技術の開発が進展しています。特に、実験データの不足や機械学習の内挿的予測の限界を克服するために、第一原理計算や分子動力学計算などの計算機シミュレーションを統合した材料設計ツールが開発されています。しかしながら、高分子材料系の計算機シミュレーションは、計算コストの高さや計算自動化の技術的課題が依然として大きな障壁となっており、機械学習・シミュレーション統合型の材料設計ツールの開発は十分に進んでいません。そこで、統計数理研究所の研究グループは、高分子材料系の計算機シミュレーションを全自動化するPythonライブラリRadonPyを開発してきました。本研究では、このRadonPyをベイズ最適化に基づく高分子設計アルゴリズムに統合したオープンソースソフトウェアSPACIERを新たに開発しました。さらに、SPACIERに実装された多目的最適化アルゴリズムを用いて、屈折率とアッベ数のトレードオフが形成する経験的限界線を超える光学用高分子を設計し、その合成を実験的に実現しました。
本研究成果は2025年1月28日にnpj Computational Materials 誌にて発表されました。
発表内容
データ駆動型材料研究における最大の課題は、データ資源の不足です。多くの材料研究において、機械学習に適用可能な十分なデータを確保することは難しいというのが現状です。特に、高分子材料研究におけるデータ不足は顕著です。このようなデータの量的限界を克服するには、第一原理や分子動力学に基づく計算機実験を活用することが効果的です。無機固体材料や低分子化合物の分野では、密度汎関数法などの第一原理電子状態計算を機械学習システムに統合することが試みられてきました。特に、ベイズ最適化などの適応的実験計画は、計算機実験のコストを抑制しながら、少ない試行回数で所望の特性を有する材料を選定・設計する手法として注目されています。例えば、バルクやナノ構造材料の熱伝導向上、第一原理計算に基づく結晶構造予測、波長選択的多層熱放射膜の組成最適化、蛍光低分子材料などの分野において、ベイズ最適化を実装した計算機実験システムの成功事例が数多く報告されてきました。一方で、高分子材料研究においては、計算機実験の計算コストの高さや自動化の技術的な難しさが障壁となっており、物理シミュレーションと機械学習を統合した材料設計システムの開発は、他の分野に比べて大きく遅れています。
本研究では、ベイズ最適化や能動学習などの適応実験計画に基づき、RadonPyの計算機実験を循環的に実行しながら高分子材料を設計するソフトウェアSPACIER (materials SPAce frontIER) を開発しました(図1)。統計数理研究所の研究グループが中心となって開発を進めているオープンソースソフトウェアRadonPyは、高分子材料系のさまざまな計算機実験を全自動化するツールです。高分子の繰り返し単位の化学構造、重合度、温度などの計算条件を入力すると、配座探索、電荷計算、力場パラメータの割当、ポリマー鎖の生成、シミュレーションセルの構築、平衡・非平衡計算、物性計算などの全工程を完全に自動実行します。現在公開されているバージョンには、熱物性、光学特性、力学特性など、17種類の物性を自動計算するアルゴリズムが実装されています。SPACIERは、RadonPyの機能を基盤とし、適応実験計画法のアルゴリズムを組み合わせることで、効率的かつ戦略的な高分子材料設計を可能にします。このツールの開発により、高分子材料の探索や特性最適化が飛躍的に進むことが期待されます。
今回の研究では、SPACIERの実証実験として、光学用高分子の探索を行いました。光学用高分子はメガネやカメラレンズなどに用いられる材料であり、その主な要求特性は高屈折率と高アッベ数です。アッベ数は、透明体の色分散、すなわち屈折率が波長よってどの程度変化するかを示す指標です。しかしながら、屈折率とアッベ数の間にはトレードオフが存在し、両方の特性を同時に向上させることは難しいとされてきました。このトレードオフにより、経験的な限界線が形成され、多くの既存材料がその範囲内に収まっています。本研究ではSPACIERを用いた計算機実験を通じて、この経験的な限界線を越える高分子を網羅的に探索しました。その結果、新たに合成された高分子材料は既知の限界線を越えることが実験的に確かめられました(図2)。
このようにSPACIERを活用することで、屈折率・アッベ数以外にもRadonPyで計算可能な広範な物性・材料空間や、そこからキャリブレーション可能な実験物性の目標領域に存在する高分子材料を網羅的に同定できます。現在、統計数理研究所の研究グループは、2国研・8大学・37企業と産学連携コンソーシアムを形成し、RadonPyの共同開発を推進しています。この取り組みを通じて、データ駆動型高分子材料研究が益々発展していくことが期待されています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202501293518-O2-8NDghNJU】
図1. SPACIERのワークフロー
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202501293518-O4-kJm7QZk0】
図 2. a SPACIERを用いて発見された高分子P1-P3の構造とその合成スキーム。mpPh-PTUはP3の類似高分子であり、両者の計算機実験の予測値が良い一致を示したため、P3の合成の替わりにmpPh-PTUの物性評価結果(文献値)を参照した。b SPACIERを用いて発見された高分子の物性値。星印はRadonPyを用いた計算機実験の予測値、丸印は現実世界で合成した高分子の物性評価結果。直線は経験的な限界線を表す。
発表論文
論文題目: SPACIER: on-demand polymer design with fully automated all-atom classical molecular dynamics integrated into machine learning pipelines
著者: Shun Nanjo, Arifin, Hayato Maeda, Yoshihiro Hayashi, Kan Hatakeyama-Sato, Ryoji Himeno, Teruaki Hayakawa, Ryo Yoshida
雑誌: npj Computational Materials
DOI: 10.1038/s41524-024-01492-3.
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M108437/202501293518/_prw_OT1fl_rtnpT5g1.png】
研究概要
総合研究大学院大学 南條舜 大学院生、JSR株式会社 Arifin 研究員、東京科学大学 早川晃鏡教授および統計数理研究所 吉田亮 教授らの研究グループは機械学習と分子シミュレーションを融合した高分子材料設計ツールSPACIERを開発しました。さらに、実証実験として、屈折率・アッベ数の経験的な限界値を越える光学用高分子の合成に成功しました。
現在、さまざまな系を対象に材料を設計する機械学習技術の開発が進展しています。特に、実験データの不足や機械学習の内挿的予測の限界を克服するために、第一原理計算や分子動力学計算などの計算機シミュレーションを統合した材料設計ツールが開発されています。しかしながら、高分子材料系の計算機シミュレーションは、計算コストの高さや計算自動化の技術的課題が依然として大きな障壁となっており、機械学習・シミュレーション統合型の材料設計ツールの開発は十分に進んでいません。そこで、統計数理研究所の研究グループは、高分子材料系の計算機シミュレーションを全自動化するPythonライブラリRadonPyを開発してきました。本研究では、このRadonPyをベイズ最適化に基づく高分子設計アルゴリズムに統合したオープンソースソフトウェアSPACIERを新たに開発しました。さらに、SPACIERに実装された多目的最適化アルゴリズムを用いて、屈折率とアッベ数のトレードオフが形成する経験的限界線を超える光学用高分子を設計し、その合成を実験的に実現しました。
本研究成果は2025年1月28日にnpj Computational Materials 誌にて発表されました。
発表内容
データ駆動型材料研究における最大の課題は、データ資源の不足です。多くの材料研究において、機械学習に適用可能な十分なデータを確保することは難しいというのが現状です。特に、高分子材料研究におけるデータ不足は顕著です。このようなデータの量的限界を克服するには、第一原理や分子動力学に基づく計算機実験を活用することが効果的です。無機固体材料や低分子化合物の分野では、密度汎関数法などの第一原理電子状態計算を機械学習システムに統合することが試みられてきました。特に、ベイズ最適化などの適応的実験計画は、計算機実験のコストを抑制しながら、少ない試行回数で所望の特性を有する材料を選定・設計する手法として注目されています。例えば、バルクやナノ構造材料の熱伝導向上、第一原理計算に基づく結晶構造予測、波長選択的多層熱放射膜の組成最適化、蛍光低分子材料などの分野において、ベイズ最適化を実装した計算機実験システムの成功事例が数多く報告されてきました。一方で、高分子材料研究においては、計算機実験の計算コストの高さや自動化の技術的な難しさが障壁となっており、物理シミュレーションと機械学習を統合した材料設計システムの開発は、他の分野に比べて大きく遅れています。
本研究では、ベイズ最適化や能動学習などの適応実験計画に基づき、RadonPyの計算機実験を循環的に実行しながら高分子材料を設計するソフトウェアSPACIER (materials SPAce frontIER) を開発しました(図1)。統計数理研究所の研究グループが中心となって開発を進めているオープンソースソフトウェアRadonPyは、高分子材料系のさまざまな計算機実験を全自動化するツールです。高分子の繰り返し単位の化学構造、重合度、温度などの計算条件を入力すると、配座探索、電荷計算、力場パラメータの割当、ポリマー鎖の生成、シミュレーションセルの構築、平衡・非平衡計算、物性計算などの全工程を完全に自動実行します。現在公開されているバージョンには、熱物性、光学特性、力学特性など、17種類の物性を自動計算するアルゴリズムが実装されています。SPACIERは、RadonPyの機能を基盤とし、適応実験計画法のアルゴリズムを組み合わせることで、効率的かつ戦略的な高分子材料設計を可能にします。このツールの開発により、高分子材料の探索や特性最適化が飛躍的に進むことが期待されます。
今回の研究では、SPACIERの実証実験として、光学用高分子の探索を行いました。光学用高分子はメガネやカメラレンズなどに用いられる材料であり、その主な要求特性は高屈折率と高アッベ数です。アッベ数は、透明体の色分散、すなわち屈折率が波長よってどの程度変化するかを示す指標です。しかしながら、屈折率とアッベ数の間にはトレードオフが存在し、両方の特性を同時に向上させることは難しいとされてきました。このトレードオフにより、経験的な限界線が形成され、多くの既存材料がその範囲内に収まっています。本研究ではSPACIERを用いた計算機実験を通じて、この経験的な限界線を越える高分子を網羅的に探索しました。その結果、新たに合成された高分子材料は既知の限界線を越えることが実験的に確かめられました(図2)。
このようにSPACIERを活用することで、屈折率・アッベ数以外にもRadonPyで計算可能な広範な物性・材料空間や、そこからキャリブレーション可能な実験物性の目標領域に存在する高分子材料を網羅的に同定できます。現在、統計数理研究所の研究グループは、2国研・8大学・37企業と産学連携コンソーシアムを形成し、RadonPyの共同開発を推進しています。この取り組みを通じて、データ駆動型高分子材料研究が益々発展していくことが期待されています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202501293518-O2-8NDghNJU】
図1. SPACIERのワークフロー
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202501293518-O4-kJm7QZk0】
図 2. a SPACIERを用いて発見された高分子P1-P3の構造とその合成スキーム。mpPh-PTUはP3の類似高分子であり、両者の計算機実験の予測値が良い一致を示したため、P3の合成の替わりにmpPh-PTUの物性評価結果(文献値)を参照した。b SPACIERを用いて発見された高分子の物性値。星印はRadonPyを用いた計算機実験の予測値、丸印は現実世界で合成した高分子の物性評価結果。直線は経験的な限界線を表す。
発表論文
論文題目: SPACIER: on-demand polymer design with fully automated all-atom classical molecular dynamics integrated into machine learning pipelines
著者: Shun Nanjo, Arifin, Hayato Maeda, Yoshihiro Hayashi, Kan Hatakeyama-Sato, Ryoji Himeno, Teruaki Hayakawa, Ryo Yoshida
雑誌: npj Computational Materials
DOI: 10.1038/s41524-024-01492-3.
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