大学格差が広がる「箱根駅伝」 「公正な競争」と言えるのか?
正月恒例の箱根駅伝が迫ってきた。正式名称は「東京箱根間往復大学駅伝競走」。2024年1月2~3日の今大会は、100回の記念大会ということで、一段と盛り上がりを見せている。しかし、このところ過熱する人気の裏に潜む、さまざまな問題点を指摘する声も少なくない。
テレビの視聴率は約30%
箱根駅伝は1920年に始まった。東京と箱根を2日間かけて往復する。戦時中と戦後間もない時期に一時中断したので、2024年の大会が第100回となっている。
コースは、東京都・大手町から、鶴見、戸塚、平塚、小田原の各中継所を経て神奈川県足柄下郡箱根町・芦ノ湖までの往復だ。往路107.5キロ、復路109.6キロ。合わせて200キロを超える長丁場を、10区間でタスキリレーする。
一区はスピードランナーが集まる。最長区間の2区は各大学のエースが激突、「権太坂」が難所だ。湘南の海風を受ける3区も、最近は重要視されている。5区の「山登り」は大差がつくことがあり、ここで好走した選手は「山の神」として駅伝史に名を残す。
最近では、テレビの視聴率は30%近い。お正月番組では驚異的な数字だ。沿道に繰り出す熱心なファンも約100万人。母校や贔屓の大学の激走に一喜一憂する。まさに新春の国民的イベントになっている。
年末になると、箱根駅伝特集の雑誌が一斉に発売。書店やコンビニの棚にあふれている。今回は100回の記念大会ということで、例年以上に目立つ。
幻の「能登駅伝」
箱根駅伝の主催は、関東学生陸上競技連盟(関東学連」)。参加するのは関東の大学。そもそもは、関東の大学による地方駅伝でしかない。それがなぜ全国の注目を集めることになったのか。
『箱根駅伝を超えようとした幻の「能登駅伝」』(能登印刷出版部、大久保英哲・金沢星稜大学特任教授ら同大教員らの共著)によると、かつて「能登駅伝」というのがあった。1968(昭和43)年に始まり、77(昭和52)年に幕を閉じた。3日間で能登半島を一周、26区間341.6kmを走る壮大な駅伝だ。そこに全国から有力校が参加した。そのころは大学の「三大駅伝」の一つとされていた。
地元の石川県七尾市と読売新聞が大会を発案、企画運営は金沢大学など北信越地区の大学陸上部の学生たちが担当した。
当時、読売新聞は、青森から東京までを駆け抜ける「青東(あおとう)駅伝」を主催していたが、交通事情の悪化で年々開催が困難になっていた。同じ理由で、深く関わる箱根駅伝も存続が困難になるかもしれないという危機感を持っていた。そこで、新たに「能登」を立ち上げた。当時の正力松太郎社主は富山県の出身なので、「能登」は場所的にも好都合だった、と同書は記す。
しかし、「能登」は、諸事情で1977年に打ち切りに。「青東駅伝」はその前の74年に休止。そうした中で読売は「箱根」に注力する。系列の日本テレビが87年からレースを全国中継したことで、注目度が飛躍的に上がった。読売は現在、「箱根」を共催する立場だ。
「箱根」の活況は、大学進学率の上昇ともリンクしている。1960年代は、日本の大学進学率は概ね10%台だった。それが1970年代以降、飛躍的に上昇、最近は50%に達している。「箱根」を身近に感じる人が増えた。新興の大学にとっては、大学名をPRできる格好の場ともなった。
高い山を上り下り
箱根人気が高まる一方で、近年、スポーツ関係者から、さまざまな問題点も指摘されるようになった。
早くから批判しているのはスポーツ文化評論家の玉木正之さん。2015年に「スポーツとは言えない箱根駅伝に、大騒ぎするな!」との論考を自身のウェブサイトで発表している。
「高い山を上り下りする箱根のコースは世界のロードレースとしては極めて特殊で、このような高低差のある道路でのレースは、記録が公認されない。その苛酷な坂道を走る走者を『山の神』などと称賛すればイベントは盛りあがるだろうが、そんなレースを全国の若いランナーが目指せば、日本の長距離界はさらに優秀な人材を失うだけだろう」
21年にはRKBラジオでこう語っている。
「箱根駅伝は日本テレビが放送していますが、主催の関東学生陸上競技連盟に2億4000万円の放送権料が支払われているというふうに言われています。その中から、出場する大学20校には200万円ずつが『強化費』として配られると。合計4000万円。では、残りの2億円はどこに行ったのでしょうか?」
有力選手には多額の奨学金
今年11月には、スポーツライターの酒井政人さんが『箱根駅伝は誰のものか: 「国民的行事」の現在地』 (平凡社新書)を出版した。酒井さんは東京農業大学在学中に箱根駅伝に出場した経験がある。駅伝やマラソンについての詳しい論評で知られる。
同書では、あまりにも注目度が高くなっているがゆえに箱根駅伝に起きている「弊害」や「格差」について、かなり踏み込んだ記述をしている。
一つは大学間の格差。有力校は年間2億円近い強化予算(合宿や遠征費)を使っている。さらにスポーツ推薦で新入生を獲得できる枠が10~15もある。近年苦戦が続く早稲田大は3枠しかないという。
二つ目は選手の待遇格差。各大学ともインターハイなどで好成績を収めた高校生を奪い合っている。条件として、授業料免除や寮費免除はもちろん、返済不要の奨学金を、選手のランクに分けて払っている大学もある。有力選手には、月に30万円も出している大学もあるという。
経費が潤沢で選手に対する特別待遇が手厚い大学と、そうでない大学とは、選手層に差が出る。現在の箱根駅伝は「公正な競争」になっていない、と酒井さんは厳しく指摘している。
アマスポーツなのにビジネス化
玉村さんや酒井さんがともに指摘するのは、箱根駅伝はアマチュアスポーツなのに、スポーツビジネス化しているという問題だ。
「箱根」と同じように、アマチュアスポーツが国民的行事になっている例では高校野球がある。こちらは基本的にNHKが中継している。入場料収入や経費などの収支は、日本高等学校野球連盟と主催の新聞社が公開している。
一方、「箱根」は民放の中継なので、スポンサー料やCM料金が発生している。しかし、主催する関東学連は任意団体なので、資金や財務の情報は一切公開されていない。集まった資金はどこにどのように配分されているのかと、酒井さんは疑問を投げかける。
大学駅伝では、出雲駅伝や、全日本大学駅伝も民放で中継されている。しかし、高視聴率を稼いでいるわけではないので、スポーツビジネス化していると言えないようだ。
酒井さんによると、「箱根駅伝」という名前は、読売新聞が商標登録している。グッズの売り上げの一部をロイヤリティーとして受け取る権利を持っている。広告代理店は読売広告社。日本テレビは特別後援。報知新聞は後援。大会の主催は関東学連だが、読売グループが仕切っている。大会が盛り上がれば盛り上がるほど、読売グループには明確なリターン(利益)がある、とも指摘している。
12月19日の朝日新聞は、青山学院大の原晋監督のロングインタビューを掲載している。それによると、現在、出場するチームが受け取るお金は300万円。箱根駅伝というコンテンツの価値からすると、見合った金額とは言えないとし、大学側が独自グッズを作ろうとすると、商標登録の関係から規制がかかることなどを説明。「自分たちで自由に稼げるような仕組みにしていただけないでしょうか」「収益があがれば、それを強化に回すことができる」と提言している。