ファンの責任 モーリー・ロバートソンさんが斬るジャニーズ問題

   週刊プレイボーイ(10月9日号)の「カオスを飲み干せ!」で、タレントでジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんが ジャニーズ問題を正面から論じている。企業やメディアの社会的責任をめぐる国際潮流を踏まえたうえで、「帝国」を草の根で支えたファンもまた、傍観者としての結果責任と「後味の悪さ」を自覚すべきだと。

   ジャニー喜多川(1931-2019)による少年らへの性加害は、過去の複数の告発本のほか、2004年には司法の場(最高裁)でも事実と認定されていた。

「ネットで検索すれば確認できるそれらのことを、大手メディアや広告代理店、スポンサー企業、そしてファンや視聴者・読者まで、ほとんどの日本人は黙殺してきました」

   こうした「見て見ぬふり」は今年3月、英BBCによるドキュメンタリー「J-POPの捕食者」により崩れ去る。モーリーさんは、2017年に発覚した米映画プロデューサー ハーヴェイ・ワインスタイン(1952~)による長年の性加害で 潮目が変わったと見る。この醜聞は世界的な「#MeToo」運動に波及し、あらゆる性加害は過去にさかのぼって社会的に厳しく裁かれる、という新たな流れが固まった。

「ワインスタインは長期の禁固刑で収監され、彼の会社も破産...ジャニー氏がすでに故人であるという特殊性はあるにせよ...BBCはこの文脈の中で報じたのです」

   ジャニーズ事務所が創業者による性加害を認めると、国際的に商う大企業はジャニーズ所属のタレントを使った広告を相次いで中止した。各国の株主や消費者の視線を意識すれば、遅ればせながら当然の対応だった。

「テレビ局、広告代理店、スポンサー、ジャニーズ事務所の利害が一致し、所属タレントを寡占的に露出させ続けることで商品価値をブーストさせてきた カルテル的な従来のビジネスは、もう回らなくなる可能性が高いでしょう」
「解体と再出発」が決まったジャニーズ事務所=冨永写す
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消費側もアウト

   モーリーさんは続いて、もう一つの「重要な論点」に話を移す。

   性加害の噂は知っていたが、〈それはそれとして〉所属タレントを応援していた多くのファンの責任である。テレビや雑誌を通じて、なんとなく好感を抱いていた自分までが「有罪(ギルティ)」なのか、という大衆のモヤモヤはどう整理すればいいのか。

「米欧では、すでにほぼ決着がついています。性加害を含む人権侵害が絡む商品やコンテンツを享受し、消費者となることは明確に『アウト』...納得できる答えなど出ませんが、"傍観者"のひとりとして 後味の悪さは感じておくべきではないか」

   筆者はさらに、日本独自のアイドル文化の今後を展望している。ファンが熱狂を100%投影できる対象であり続けるために、恋愛は御法度、政治的な意見の表明も許されず、無色透明の理想的存在として、「非実在的」な振る舞いを強いられてきたアイドル達...

「相当に奇異なことです。このフィクションを成り立たせることで、ものすごいお金が動き、お金が動くからこそ性加害が公然の秘密として放置されてきた面もある。そんな事実と向き合って真剣に考えてみれば、従来の熱狂型アイドルビジネスは終焉するしかない」

   では、その後に見えてくるのはどんな世界なのか。筆者はこう結ぶ。

「寡占状態ではない環境下で、実力のあるタレント同士が自由競争するようになれば、日本の芸能も少しは健全化したといえるのかもしれません」

「ひと手間」が常識に

   60歳のモーリーさんはニューヨーク生まれの広島育ち。達者な話術を活かし、硬軟両様でメディア露出も多い。週プレでの連載コラムは本号が397回。〈挑発的ニッポン革命計画 導火線に火をつけろ〉の副題がつく。

   さて ジャニーズ問題。創業者による性加害は空前の規模だが、加害者が他界していることもあり、焦点は被害者の救済と、テレビ局や企業の対応、加害者が姉(故人)と築いたビジネスモデルの今後に移りつつある。

   事務所側は本号発売の翌週(10月2日)に「再出発」の記者会見を開き、(1)社名を「SMILE-UP.」に替えて被害者救済に専念、いずれ廃業(2)タレント育成やマネジメントを担当するエージェント会社(社名はファンから公募)を設立...などを公表した。

   モーリーさんが指摘するように、長期かつ多数への性加害は、テレビや雑誌を中心とするメディア、スポンサー企業、広告業界、そしてファンたちの「沈黙」なしには難しかった。膨大な資金が動くゆえに、被害者以外は皆ハッピーという歪んだ構造ができた、というわけだ。とりわけ、代表者の性加害を知りながら所属タレントを使い続けたテレビ局と大企業、広告会社は「共犯」とさえいえる。取引先に人権侵害がないことを確認する「ひと手間」は、いまや世界のビジネス常識となった。

   もちろん、個々のタレントやファンを責めるのは酷だという見方もあろう。ただ、歌やダンスの腕を磨いてスターになった者たちも、売れるまでには事務所の力があったはず。モーリーさん曰く「寡占的な露出で商品価値をブーストさせる」手法である。

   そして、その戦略に踊らされたファンも、後味の悪さという「罰」を甘んじて受けるべきだと。なぜなら「人権侵害が絡む商品やコンテンツを享受し、消費者となることはアウト」だから...ジャニーズ事務所の場合、商品とはタレントであり、コンテンツとは楽曲や映像、出演番組など。それらに熱狂するにも、一定の責任が伴う時代なのだ。

冨永 格

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