関東大震災100年、改めて惨状を伝える 写真展やドキュメンタリー映画
1923年9月1日、関東地方をマグニチュード7.9の大地震が襲った。街は炎に包まれ、多くの建物が損壊。死者・行方不明者が10万5000人を超えた。
東京などに壊滅的な被害をもたらした関東大震災から100年。今年は、写真展や記録映画で改めて当時の惨状を伝え、大地震への警戒と備えを呼び掛ける催しが目立っている。
銀座も焼け野原に
東京・港区の汐留シオサイト・地下歩道では、2023年8月18日から9月4日まで報道写真展「関東大震災100年-写真に刻まれた記憶-」(無料)が開催されている。共同通信社のアーカイブから厳選した、地震発生から復興に向けた写真99枚が展示されている。当時の日本電報通信社(現・電通)が撮影した写真が多く含まれ、オリジナルネガから作成した大判のパネル写真は、大災害の惨状を鮮明に今に伝えている。
「100年前の新橋」「失われた日常」「暮らしの回復」「東京今昔~ 100年を経て」の4部構成。「一面焼け野原となった京橋付近と銀座方面」「屋根が焼け落ち外観だけ残った新橋駅」「警視庁に保護された迷子たち」など、震災直後の様子から復旧に向けた動きを軸に、懸命に生きる人々の姿を活写している。
東京だけでなく横浜の惨状などもリアルに伝えている。
写真展は、公益財団法人新聞通信調査会の主催。同調査会は、戦前の日本を代表する通信社「同盟通信社」の資産の一部を基に1947年に設立された公益財団法人だ。資産の運用益を活用して、講演会、シンポジウム、写真展の開催、「ボーン・上田記念国際記者賞」授与などを行っている。
会場の汐留シオサイト・地下歩道は、JR新橋駅、地下鉄浅草線新橋駅から徒歩2分ほど。大江戸線汐留駅からは至近だ。
「こんな時に撮影してんのかよ!」
関東大震災の直後の惨状は、動く映像でも残されている。音もない、モノクロームの記録フィルム。
「キャメラを持った男たちー関東大震災を撮る-」(記録映画保存センター制作)は、この映像と撮影者に迫るドキュメンタリーだ。
手記や回顧録、遺族たちの証言などによって、撮影した3人が判明している。岩岡商會の岩岡巽。日活向島撮影所撮影技師の高坂利光。東京シネマ商會の白井茂だ。誰に命令されたわけでもなく、夢中で手回しキャメラをまわした。逃げさまよう避難者からは 「こんな時に撮影してんのかよ!」という罵声が飛び、暴力にもあったという。
3人が撮影したフィルムは複製され、震災後、全国の映画館や集会場で公開された。そのフィルムのいくつかは現代に残り、デジタルアーカイブ化が行われた。「キャメラを持った男たち」は、それらのフィルムを再構成し、関係者への取材も加えてドキュメンタリー作品に仕上げている。
8月26日から、東京・ポレポレ東中野、神奈川・横浜シネマリン、大阪・第七藝術劇場、岩手・みやこシネマリーンなどで公開される。