「キャッシュレス」中国は想像の斜め上 現金はリスク、銀行ATM激減

【連載】デジタル中国

   2010年代後半、中国ではQRコード決済が急速に普及した。日本も今でこそPayPayやメルペイなど、「●●ペイ」決済が広がっているが、中国の「キャッシュレス社会」が日本で話題になった2017~18年は、その状況を日本人にイメージしてもらうのが難しく、「なぜ中国人は現金を使わなくなったのか」という議論が巻き起こった。

   そしてコロナ禍で4年ぶりに中国に行くと、キャッシュレスというかモバイル決済とQRコードを組み合わせたサービスは、想像の斜め上を行く範囲まで広がっていた。改めて、現金がいらない社会のメリットとデメリットについて考えさせられた。

世界遺産である四川省の「都江堰」では、園内マップを確認するためのQRコードが各所に設置されていた。紙のパンフレットなどはなくなっている
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日本でも進んではいるが

   実は日本もコロナ禍の感染症対策、DX、そして人手不足対策などで、この3~4年で急激にオンライン予約・決済とQRコードへの置き換えが進んでいる。筆者の生活で言えば、航空券や新幹線のチケットは紙で発券しなくなった。スポーツ観戦のチケットもQRコードにしている。

   筆者の場合、紙だと常に「なくす」「忘れる」リスクと背中合わせだ。早めに予約すると、当日までに「チケットどこ行ったっけ」と探すことが何度もあったし、当日も目的地に向かう途中で、「チケット持ってきたっけ」とカバンをごそごそやってしまう。QRコード発券でその心配はほとんどなくなった。ZOZOマリンスタジアムに行くときは、海浜幕張駅からシェアサイクルに乗っていく。こちらもアプリからの予約・決済だ。

   移動中にオンラインミーティングが入ったときは、ウェブからテレワークブースを予約してQRコードで入室して利用している。

   筆者だって日本人の中ではモバイル決済やQRコードを活用している方なのだが、中国では「こんなものも?」という例に日々遭遇した。

   たとえば、路上のピアノ練習ボックス。筆者が中学生のころ出現した、初期のカラオケボックスのような感じだった。練習だけでなくレッスンにも使える。

   筆者も高校までピアノを習っていた。あくまで趣味なのに、習っている子どもの大半は安くても数十万円する高額のピアノを買ってもらっていた。そして高校に入って他のことが忙しくなり、習うのを辞めたらピアノの処分に困った。結局30代半ばになって、二束三文で「ピアノ売ってちょうだい」のCMで有名な中古ショップに引き取ってもらった。

   中国でもピアノを習う小学生は多い。しかし音大やプロを目指すガチ勢じゃない限り、練習場所があればたしかに買う必要はない。日本の駅にあるテレワークブースの「ピアノ版」だが、ニーズがありそうだ。


路上に設置された無人ピアノ練習ボックス

自動運転車と組み合わせた無人販売機も

   アダルトグッズはECで買う人が圧倒的に多そうだが、まだ街中で普通に見かけた。入る勇気はなかったが、すき間からのぞいてみると中は自販機が並ぶ無人店舗になっており、こちらもQRコード決済のみだった。


成都市の地下鉄駅すぐそばにあったアダルトグッズのお店

   地下鉄の駅構内には、QR決済のみで買える花の自動販売機があった。


地下鉄駅にあった花の自販機。こちらもキャッシュレス

   2023年6月末に開かれた通信技術の展示会「上海MWC」では、無人運転車両を使った「無人アイス販売車」が展示されていた。タッチパネルで好きなアイスを選んでQRコード決済したら、取り出し口からアイスが出てくる。野外イベントなどを狙っているのだろう。

   自販機でいいじゃん......。



自動運転車と組み合わせたアイスの無人販売車

   最も意味不明だったのは、商業施設の女子トイレ個室にあった、QRコードを読み取ったら紙が出てくる機械。以前、顔認証しないと紙が出てこない中国のトイレのニュースを見たことがあるので、驚くほどではないかもしれないが、無料ならそんな面倒なことをせんでも......と思う。もしかしたら広告に誘導するのかもしれないし、トイレットペーパーの無駄な消費、持ち去りへの対処なのかもしれない。


QRコードを読み取ると、ウェットティッシュが出てくる

コロナ禍で現金は「悪者扱い」

   中国滞在中、こういうのを見つけてはSNSで紹介していると、日本の経営者数人から「このような人手不足に対処する取り組みは日本も早く広がってほしい」という反応があった。ただ、中国は文脈がちょっと違う。

   コロナ禍の初期、何がウイルスを媒介するか分からなくて疑心暗鬼になり、受け渡しされたお札や小銭を全部消毒して天日干しするという極端な政策が出されるなど、現金は早い段階で悪者扱いされた。人手不足対策ではなく、「感染防止のための非接触ツール」という名目で、現金を受け付けない自販機も理解されたように思う。

   実際、「物理的な現金」を排除すれば計算ミスも起きにくいし、回収の手間を減らせる。筆者は百貨店の催事でレジのアルバイトをしたことがあるが、閉店後にレジのお金を持って機械に入れて、売り上げと一致していなければ何度かやり直さなければいけなかった。機械の前には列ができるし、投入したお金と売り上げが一致していなくても、どこで間違えたか突き止めるのは難しい。あの作業があるからシンプルに退社が遅れる。店側の人にとって、お金のやり取りがなくなるのは便利だし、経営者視点だと持ち逃げや強盗リスクを減らせる。お金の移動にコストを割かなくていいのは、売り手側にとってかなり助かる。

   日本もICカードやQRコードで決済できる自販機・券売機が増えているが、現金を受け付けている限り、回収作業は残る。セルフサービスや自販機で現金を受け付けないという判断は理解できる。事実、中国でスリはかなり減ったという(オンライン詐欺は増えたらしいが)。


商業施設に設置されたマッサージチェア。QRコードでしか決済できない

成都市のパンダ基地にあったレンタルチャイルドカーも、現金お断り

スマホの電池切れは命取りに

   そしてキャッシュレス化が進んだ結果、上海や深センのような大都市では銀行のATMが激減していた。コロナ禍前だと地下鉄の駅にだいたいATMがあったが、ほぼ撤去されており、代わりに別の自販機かモバイルバッテリーのレンタル機器が置かれていた。

   そう、昭和の公衆電話かそれ以上の数量で、モバイルバッテリーレンタル機器が街の至る所に設置されていた。

   少なくとも宿泊した全ホテルにあった。予約や利用申し込み、決済、あるいは地図も全てスマホに一元化されたら、スマホの電池切れはライフラインの断絶と同義なのだ。


店舗前に設置されているモバイルバッテリーレンタル機器。少し歩くとすぐ見つかる

   ちなみに、ここまで紹介してきた数々のサービスのほとんどは、外国人旅行者は使えない。オンラインで予約し、QRコード決済するサービスは基本的に実名制を導入しており、アプリと中国の携帯番号あるいは中国の銀行口座と連携していることが求められる。

   マッサージチェアや花屋くらいなら使えなくても困らないが、世界遺産のような観光地の入場チケット、有名観光地近くのコインロッカーも同様なので、公式サイトや日本語のガイドで「コインロッカーあり」と示されている観光地に行ってみたら、コインロッカーは中国のQRコード決済にしか対応せず、有人の荷物預かり所もない、なんてこともあった。


四川省の著名観光地にあったコインロッカー。中国のアプリ「WeChat Pay」でQRコードを読み取り、決済しないと使えない

   至る所にあるモバイルバッテリーレンタルも同様。初回利用の際に中国の携帯番号とデポジット(保証金)が必要なので、外国人旅行者は自前のモバイルバッテリーを持ち歩かなければならない。

現金でやっていけないことはないが

「ここまでのキャッシュレス社会に、中国人は皆対応できているのか」

という質問もよく受けるが、地方都市に行くと現金もまだ存在感があった。チベットとの境にある四川省雅安市は、10年前と同じように交差点に一つという勢いで銀行の支店があって、何だかほっとした。マッサージに行ったら、隣で受けていたおじさんは100元札を渡していた。

   高速鉄道も、今はオンラインで予約してチケットレスで改札を通るのが一般化しているが、有人の窓口には現金を握りしめた人たちが並んでいる。

   全体で言えば、キャッシュレスが当たり前になっているが、ついて行けていない人もいる。そういう人たちが多いエリアでは、現金もそれなりに健在。ただし、大都市で現金でやっていこうとするのは、東京で自由に喫煙できる飲食店を探すようなめんどくささがあるだろう。

浦上早苗
経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。近著に「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。「中国」は大きすぎて、何をどう切り取っても「一面しか書いてない」と言われますが、そもそも一人で全俯瞰できる代物ではないのは重々承知の上で、中国と接点のある人たちが「ああ、分かる」と共感できるような「一面」「一片」を集めるよう心がけています。
Twitter:https://twitter.com/sanadi37

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