コロナ「5類」目前...でも戻らない客足 観劇の楽しさ伝える「感謝の日々を」
「演劇を、日常に取り戻したい」。こうした思いで、2023年4月から「通年で、三部作の舞台上演」を試みている演劇ユニットがある。俳優の澤田洋栄さん、岩永亮介さん、湯本貴大さんによる「感謝の日々を」だ。
特別企画「Three Praimary Colors」の一作目「蒼き空には嵐は吹かず」が、東京・大塚の「萬劇場」で2023年4月19日~4月23日に行われた。 コロナ禍で大打撃を受けた業界を盛り上げようと奮闘する三人を取材した。
「劇場に足を運ぶリスク」に見合うものを
同作は新撰組の初代局長・芹沢鴨にスポットを当てた、新撰組活劇。新撰組隊士はじめ、桂小五郎を筆頭とする倒幕派、そして坂本竜馬と、激動の時代を生きたおなじみの偉人が登場する。ユニットの主宰を務める澤田さんが演出を担当し、岩永さんは沖田総司、湯本さんは吉田稔麿を演じた。
記者はゲネプロを観劇した。一言でいえば、「この芹沢鴨、好きにならずにいられない」。立場や思惑が異なる多くの人物が芹沢に惹かれ、物語は彼と、その妻である梅が切り盛りする茶店を中心に巡っていく。芹沢は俳優のSHUNさん、梅は女子プロレスラーの角田奈穂さんが、それぞれ熱演した。
(左から)芹沢鴨と、その妻・梅。家族愛に友情、そして「士(志)道」とは何かが、笑いあり涙ありの展開で描かれる
舞台を目一杯使った、迫力ある殺陣も見どころ。誰もが譲れない理想を胸に、激しい戦いへ身を投じるが、手に入れたかったのは結局「ささやかな幸せ」に過ぎなかったのではと気づかされる。
同作のキーマン、湯本さん演じる吉田稔麿
観劇後、興奮冷めやらぬ三人に話を聞いた。湯本さんは、コロナ禍で広がった「イベントをオンライン配信する」手法について、「もちろん、良さはある」と前置きしたうえで、「舞台はやっぱり、『生』だよなと思います」と声に力を込めた。劇場に足を運ぶこと自体がリスクになる時代だからこそ、「それに見合うものを届けたい」。
岩永さんは、特別企画にかける思いを口にした。通常であれば「2か月くらい練習し、1週間ほど本番をやって」舞台は終わりだ。しかし「Three Praimary Colors」は、点でなく、線で繋がっている。24年2月14日~18日に公演を見込む二作目「どうか、白き雷よ」は、会津藩の「白虎隊」が題材で、「蒼き空には嵐は吹かず」と同じ時系列。連続して登場する人物もいるため、「続き物」のように楽しめる。
「一作目の稽古が始まってから三作目の本番が終わるまで、自分たちは一年を通じて思いを絶やさず、ずっと演劇を届け続けているつもりです」(岩永さん)
(左から)岩永亮介さん、湯本貴大さん
一人では届かない場所も、三人ならば
実は同作、20年3月の再演時に「本番二週間前に中止を余儀なくされた」過去がある。新型コロナウイルスの影響で、劇場を使えなくなったためだ。舞台関係者の誰にも非がない、つらい決定だった。
岩永さんは当時、現ユニットに加入しておらず、客演として参加予定だった。「コロナをなめていました。まあ、大丈夫だろうと」と、振り返る。発起人の澤田さんが「中止になることも覚悟のうえ」で準備を進めていたのに対し、「自分には、覚悟はなかった」。衝撃のあまり、稽古場に入れなくなった仲間もいたという。
22年11月にユニットに加わった湯本さんも、新型コロナウイルスがはやり始めた当初は、すぐ収まるだろうと予想していた。しかし1か月、半年と経つにつれ、「自分が変わらなくても、周りが変わってしまう」と気づいた。それまで演劇団体に所属していなかったが、「悩んでいないで、自身の可能性や活動の幅を広げるために、何でも行動に移してみなければ」と思い、今に至る。
澤田さんにとって、特別企画一作目として「蒼き空には嵐は吹かず」を再演するのは、新たな仲間と挑むリベンジマッチ。「一人で長く好きにやってきて楽しかった一方、限界も見えていた」だけに、二人の存在が支えになったそう。個人のスキルを伸ばしながら互いに掛けあわせ、良い意味での爆発、化学反応を起こしたいと話す。
澤田さん「岩永は明るいムードメーカーで、『見ていないようで、色々見てくれている』。湯本は几帳面で繊細、そしてとても親切。正反対なのがありがたい」
湯本さん「澤田さんは存在が大きくて、指し示す方が間違いないと信じられる人です。背中を預けられますね。まさしく原動力です」
岩永さん「自分にとってこのユニットは、『やりたいことをやらせてくれ、自分が何を、どこまでできるのかがわかる』場所。今回、初めて殺陣(たて)師にも挑戦できました」
「Three Praimary Colors」とは、「三原色」の意味。混ぜれば、あらゆる色を生み出せる
新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けは、5月8日に「5類」へ移行する。生活様式や町の賑わいはコロナ禍前に戻りつつあるようだが、三人曰く「客足はまだまだ、以前ほどではない」。だからこそ、個人の力と色をよりあわせた舞台で、「日々の中にあった、演劇を観に来る楽しさ」を、広く伝えていきたいという。